43 戦いの基礎についてのセットアップが完了しました
強い……!
俺はなす術もなく、床を転がされた。
「くぅ。ミス、ラ、逃げろ」
俺もリーデも倒れたまま。
起き上がろうにも足腰に力が入らない。
残っているのは短剣を構えるミスラと、立ち尽くすシルヴィだけだ。
「逃げられるはずなんかないよ!」
ミスラは果敢にも闘志を見せるが、人型ゴーレムはもうすでに彼女に狙いを定めていた。
真っ直ぐにミスラに向かって拳を振り上げるゴーレム。俺にはその姿が、スローモーションのように見えた。
一瞬で間合いを詰める脚力に、ミスラはまだ反応できていない。あの一撃が決まったら、ひとたまりもないだろう。
やられる!
俺はそう思った。だが、結果はそうならなかった。
ガッギ!
ミスラの前にシルヴィが割って入ったからだ。
ゴーレム同士の衝突により、耳を覆いたくなるような金属音が鳴り響く。
「シ、シルヴィ!?」
ミスラは驚きで声を上げる。
「ミスラ、大丈夫ですか?」
激しいぶつかり合いに見えたが、シルヴィはなんでもない様子で返した。
「私は大丈夫だけど……シルヴィこそ大丈夫なの!?」
「はい。ようやく、戦いの基礎についてのセットアップが完了しました」
人型ゴーレムと掴み合ったシルヴィは、グググと相手を押し返す。
見た目は女の子でも、やはり中身はゴーレムなのか。あいつに力負けしないどころか押し返すなんて、相当なパワーがなければできる芸当ではない。
「やあ」
シルヴィが少し感情のこもっていない掛け声とともに力を込める。
それに耐えきれなかった人型ゴーレムは、後ろへと飛び退いた。
「凄い!」
ミスラは驚きと感嘆が混ざった声を上げる。俺も声が出せたなら、同じような声を出しただろう。
第六世代はシルヴィを作るための実験機的な役割だったらしいが、完成品のシルヴィの方が性能が上ということか。
「まだまだ、これからです」
シルヴィは手刀を叩きつける。見た目には激しい戦いなのだが、彼女の声はどうにも緊張感にかける。
だが、先ほどの力比べとは違い、シルヴィの方が劣勢に見えた。
「う、どうした、シルヴィ?」
俺もようやく喋れるようになったが、まだ口が痛む。
「はい。戦闘基礎についてはセットアップできたのですが、応用や上級技術に関しては、まだ途中でして」
ゴーレムについての詳しいことは分からないが、セットアップというのが完了しないと機能が十分に発揮できないのか。
それに対して戦闘に特化してる第六世代は、パワーで負けてても技術では勝ってるということみたいだな。
技で勝る人型ゴーレムを、力でシルヴィ―が押し返す。
少しの間、闘いは一進一退が続いた。
俺たちもようやく立ち上がれたが、加勢するほどは回復できていない。
無傷のミスラも、下手に参加すれば逆にシルヴィの邪魔になりかねない。
俺たちは彼女の戦いを見守るしかなかった。
「!」
このまま手刀での打ち合いが続くかと思ったが、突然人型ゴーレムが距離を取る。
「どうしたんだろ?」
理由がわからないミスラが、疑問をそのまま口にする。
人型ゴーレムは距離を取ったまま、両腕を水平に構えた。
「これは、いけません」
シルヴィは相手の意図に気が付いたらしく、同じく両腕を水平に構える。
ただ一つ違ったのは、シルヴィは手の平を相手に向けているが、人型ゴーレムは指先をこちらに向けていることだ。
「みなさん、ワタシの後ろに」
シルヴィの声には相変わらず緊張感が足りないが、俺の中に嫌な予感が膨らむ。
ミスラもリーデもそれを感じ取ったのか、即座にシルヴィの後ろに回った。
「!!」
人型ゴーレムの指先から、光弾が発射される。十指から休みなく、何発もの弾が撃ち出され続けた。
シルヴィの前面には魔法障壁のような薄く光る幕が張られ、光弾を遮断している。これも彼女の機能なのだろう。
俺たちはギリギリ間に合ったが、少しでも遅れていたら凄まじい数の光弾に撃ち抜かれていたところだ。
「バリアシステムのセットアップが間に合って、よかったです」
十秒ほど光弾の嵐が吹き荒れたが、全てがバリアに阻まれて俺たちに届くことはなかった。
このままでは効果がないと、人型ゴーレムは光弾の発射を止め、少しの間シルヴィと睨み合った。
「……!」
何を思いついたか、人型ゴーレムは胸を張る。すると、胸元が四分割に開き、中央から赤いガラス玉のような物がせり出してきた。
ガラス玉の周りを電撃が走り、大気中を漂う魔元素が光の粒子となり収束されていく。
「あれは、少し危険です」
これだけ強固な障壁を展開したにもかかわらず、シルヴィは警戒を示した。あれはなにかしら、強力な兵器の類なのだろう。
ただ、シルヴィが言うと、あまり危険に聞こえないが。
「どうするつもりだ?」
「迎え撃ちます」
「迎え撃つって、どうやって?」
「こうやってです」
シルヴィが両手を広げる。人型ゴーレムのような変形こそしなかったが、彼女の胸の前に白い光の球が浮き上がった。
「これは……?」
「アイン・ソフ・アウルです」
「アイン・ソフ・アウル?」
おそらく機能の名前なのだろうが、それ以上の説明がない。
しかし、これが何であろうと、俺たちの生死を左右するものには違いなかった。
握りこぶし程度だった光の球は、徐々に大きさと輝きを増し、シルヴィの上半身よりも大きく膨らんだ。
「凄まじい魔力を感じる」
「うん、これならあいつでも倒せそう」
リーデの言う通り、光の球から並々ならぬ魔力が溢れ出していた。発動前でも合体スキル以上の力だとわかる。
「!」
だが、先に動いたのは人型ゴーレムの方だった。
胸元のガラス玉より赤黒い光が放たれる。
俺はその一瞬だけ、死を覚悟したかもしれない。しかし、赤い光はすべて眼前の光球に阻まれた
シルヴィの後ろに立っていても、魔力の圧をひしひしと感じる。それでも、赤い光はバシバシと音を立てる以上のことはできなかった。
「今度はこちらの番です。いきますよ」
準備が整ったのであろう。ミスラが両手を前に押し出すと、ゆっくりと光の球が前進を始めた。
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