ワタシはワタシです
俺たちのことを見つめるシルヴィの瞳は、薄い不思議な色をしていて、じっと見ていると吸い込まれそうになった。
「コレ、は、シルヴィ……あなた、たち、は?」
シルヴィの言葉は少したどたどしいが、自分で考えて喋っているように見える。
録音された音声を流すだけのゴーレムとは、やはり違う。
「俺は、ウィン」
「私はミスラ」
「リーデだ」
「ウィン……ミスラ……リーデ……」
シルヴィは俺たちの名前を反芻する。
その表情、目や口の動き、まるで人間そのものだ。
「お父様? お父様は、どこ、ですか?」
シルヴィはきょろきょろと辺りを見回す。おそらく、ジ・Aのことを探しているのだろう。
俺たちは何も言えずに、動かなくなった作業用ゴーレムの残骸を見つめた。
「どこですか、お父様ぁ!」
ヴゥン
その時だ、シルヴィの声に呼応するように、中空にボードが現れる。
一見するとステータスボードのようだが、そこ映し出されていたのは文字ではなく、一人の老人だった。
長い白髪に白い髭を蓄えた老人。威厳に溢れるとともに、優しさも併せ持った顔つきだ。
「シルヴィよ……」
ボードから、音声が流れる。
初めて見る老人ながら、聞き覚えのある声だ。
「お父様!」
シルヴィがお父様と呼ぶということは、これが生前のジ・Aなのか。
俺が想像していたのとは、ちょっと違う。もう少し若くて、軽そうな人物を想像していた。
「この映像が流れているということは、私のコピーに何かがあったのだろう」
しかも、喋り方もコピージ・Aと少し違う。コピーがうまくいかなかったのか、経年劣化で回路にガタが来ていたのか。
ミスラたちを窺うと、彼女たちも俺と同じように、微妙な表情を浮かべていた。彼女たちも俺と同じようなことを考えているのだろう。
「シルヴィよ、よくお聞き。私はもうこの世にはいない。そして、お前には、必要最低限の知識だけしか与えていない。だがこれは、お前に普通の神として、普通の女の子として生きてほしいと言う私の願いゆえだ」
シルヴィは何も言わずに、映像に見入っている。
「この先、お前は自由だ。この墜ちた島の中で生きれば、平和に暮らせるだろう。危険はあるかもしれないが、島を出て、無限の世界に歩きだすのもいい。それを決めるのは全てお前自身だ」
「コレは、自由……」
「私が残せるものと言えば、数本のマギニウムと多少の道具、そして愛だけだ。生まれたばかりのお前に、言葉しか送れないふがいない父親を許してほしい」
画面に映るジ・Aとコピーのジ・A。性格に多少の差はあれど、娘を愛する気持ちは変わらない。
どこかしらに不具合があったとしても、コピージ・Aも確かにシルヴィの父だった。
「お父様、そんなこと、ありません。お父様のおかげで、シルヴィはこうしてここに存在しているのです」
シルヴィは画面に向かって首を振る。
「もし、この映像を他にも見ている者がいるなら、どうか娘の力になってもらえないだろうか? 勝手な頼みとは思うが、どうか、どうか……」
映像のジ・Aは画面の外にいる俺たちに頭を下げた。
安心していい。そのことなら、あなたのコピーからもうすでに頼まれている。作業用ゴーレムのコピージ・Aは、ちゃんとあなたが望んだとおりの役割を果たしたよ。
シルヴィの面倒は、これから俺たちが見る。
それは、三人とも全員同じ気持ちだった。俺たちは、画面のジ・Aに向かって黙ってうなずいた。
「む!?」
その時、中空に移されていた画像が乱れる。
どこかで轟音が鳴ったのも聞こえてきた。
「やつらめ……もうこれ以上の時間はないようだな」
ジ・Hが攻めてきているのだろうか、ジ・Aの表情に焦りが生まれる。
「最後に、シルヴィ」
「はい、お父様」
「私はお前の傍にいることはできない。でも、いつまでもお前のことを愛しているよ」
「シルヴィも……シルヴィも愛しています! お父様のことを……!」
「シルヴィ、我が娘よ。お前の歩む道に、銀の祝福があらんことを」
ジ・Aは優しげに微笑むと、映像はそこでブチンと切れた。
「……」
シルヴィはグッと目を瞑る。ジ・Aの言葉をかみしめているのだろう。
「……」
やがてシルヴィは眼を開くと、ベッドから立ち上がった。
俺たちは心配して手を差し伸べようとしたが、さすがに体はゴーレムだけあり、長い間寝ていたとは思えないほどしゃっきりと立って見せた。
「ウィン、ミスラ、リーデ……コレはこれから、どうしたらいいですか?」
シルヴィは、少し困ったような表情で俺たちを見た。
「それは、自分で決めることだ。それをジ・A……君のお父さんも望んでいる」
「……そうですね、お父様はそう言ってました。でも、コレはわからない……」
「確かに、目覚めていきなり決めろって言われても、わからないよね」
「はい……」
シルヴィは自信なさげに俯いた。
「でも、シルヴィには俺たちが付いている」
「うん。シルヴィが何をやりたいのか。それを見つける手伝いを、私たちがするからね」
「みなさん」
シルヴィは頭を上げ、俺たちの顔を代わる代わるに見る。
心なしか、俺たちを見るその瞳には、輝きが宿ったように思えた。
「コレのこと、どうかよろしくお願いしますね」
ペコッと頭を下げるシルヴィ。
「ところで、さっきから気になっていたんだけど、『コレ』ってなに?」
「?」
俺の素朴な疑問に、シルヴィは首を傾げた。
「コレは、シルヴィです。シルヴィは物だから、コレです」
コレとかアレとかのコレだったのか。
でも、自分のことを物だと言うのは、ジ・Aが望んだことでもないし、俺だっていい気分がしない。
「自分のことをコレなんて呼んじゃためだよシルヴィ」
「だめ、ですか?」
「シルヴィは物なんかじゃない、普通の女の子なんだから」
「そうなんですか……では、何と呼べば、普通なのですか?」
「それも自分で決めるんだ。普通であることを気にしなくてもいい。どうしても自分をコレと呼びたければ、そう呼ぶのもお前の自由だ」
リーデがぴしゃりと言う。
少し厳しい言い方ではあるが、彼女なりにシルヴィの行く末を心配してのことだ。
「では……ワタシ……ワタシは、シルヴィ」
「うん。いいんじゃない」
「そうだね。そっちの方が全然いいよ」
「そうですか。ワタシはワタシです。フフ、フフフ」
俺たちは笑いながら頷き合うと、シルヴィもにっこりと微笑み返した。
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