40 では、さらばである
俺たちは、シルヴィが眠る部屋へと戻った。
隣の部屋で激しい戦闘があったなんて、まるで気付きもしていないように、シルヴィは目を閉じたままだ。
「それで、これをどうすればいい?」
リーデがマギニウムの筒を持ち上げる。
「うむ。そこの壁に、筒をセットする場所があるのだが……ほれ、そのチューブが伸びてる所だ」
ジ・Aが指示する先に、何かをはめる窪みのような物が二つある。
確かに窪みは、筒を嵌めるのにぴったりの形をしていた。
それぞれの窪みから延びるチューブは、シルヴィが眠るベッドへと繋がっている。そのチューブから、マギニウムが流れる仕組みになっているのだろうか。
「ここか」
リーデが窪みに筒を当ててみると、ガチャリと音を立てて固定された。
「これでいいのか?」
「うむうむ、上出来だ」
「それじゃあ、もう一本」
「うむ? なにをしておるのだ?」
リーデがもう一本の筒もはめようとすると、ジ・Aは不思議そうな声を上げる。
「なにをって、シルヴィの起動には二本必要なのだろ?」
「それはそうであるが、そのマギニウムはおぬしたちの物であろう?」
「確かにマギニウムは欲しいけど、でもこれは、ジ・Aがシルヴィを目覚めさせるために取っておいたものだし」
「そんなことを気にしていたのか。なあに、案ずるな」
ジ・Aは、まるで大したことでもないように言ってのける。
マギニウムは一本だけでも起動に足りると言うことなのだろうか。
「ほれ、そっちの何も嵌めてない方のチューブを外して、持ってきてくれ」
「これをか?」
「繋ぎ目の部分は、回せば取れるからの」
指示された通り、リーデがチューブを外してジ・Aに渡す。
ジ・Aはチューブを受け取ると、今度は自分の胴体部分の部品を取り外した。
「外しても大丈夫なものなのか?」
「うむ。それにこうしないと、ワガハイの稼働エネルギーとして使われているマギニウムを使用できん」
「ジ・Aもマギニウムで動いていたの?」
「うむ。基本的に出力の低い作業用ゴーレムには、マギニウムなど使わないがの。ワガハイは長期間の稼働と、今回のような不測の事態を見越して、マギニウムを使用しておいたのだ」
ジ・Aは少し自慢げだ。
「でも、そんなことしてジ・Aは大丈夫なの?」
「うむ? 確かに足りない分となれば、ワガハイの中にあるマギニウムをすべて使うことになるのである」
「それじゃあ、お前は稼働できなくなるのではないか?」
「そんな。やっぱり、このマギニウムを使って?」
ミスラがマギニウムの筒を差し出す。
「だから、それはおぬしたちが必要としている物なのであろ? なに、ワガハイもだいぶガタがきている故、このまま何もしなくてもあと僅かしかもたん。それに、ワガハイはゴーレムである。本来のワガハイはとうの昔に死んでおるのだから、おぬしたちが気に病むことではない」
ジ・Aはそう言うと、俺たちが止める間もなくチューブの先端を自分の体につなぎ合わせた。
「できれば、シルヴィが目覚める瞬間だけでも見られればいいのだが……」
「ジ・A……」
ジ・Aはすでに覚悟を決めている。俺たちは、それ以上何も言えなかった。
「おぬしたちに最後の頼みだ。目覚めたシルヴィは、必要最低限の知識しか持っておらん。できれば、普通の神として……普通の女の子として暮らせるように、面倒を見てはもらえないだろうか」
覚悟を決めているようでも、子供を一人残して逝くのは心配なのだろう。
その頼みを断る理由は、俺たちには一つもなかった。
「わかった。できるだけのことはやってみる」
「うむうむ。今日出会えたのが、おぬしたちでよかったぞ」
俺たちを見るジ・Aの顔は、なぜか微笑んでいるように見えた。
「では、さらばである」
ジ・Aから別れの言葉が発せられる。それと同時に、シルヴィが眠る棺のようなベッドから振動するような異音がしはじめた。
「マギニウムが……!」
ミスラの視線を追うと、窪みにはめた筒からマギニウムがどんどんと減って行っている。
そこから延びるチューブを、銀色の液体が通っていくのが透けて見えた。
ベッドから発せられた音が、さらに激しくなる。
「ジ、ザ、ジジジ、ザ」
「ジ・A!?」
小刻みに体を震わせながら、ジ・Aはノイズを発した。
それは、俺たちが倒してきたゴーレムの最期に似ている。
「シ、シル、ヴィ……ジ、ザー、ジジジィ、ワガ、ム、ス、メ、ェ、ザー」
「ジ・A! しっかりしろ! シルヴィが目覚める瞬間を見るんだろ! ジ・A!」
「………………」
「ジ・A!」
「おい! ジ・A! 返事しろ!」
「………………」
俺たちが何を言おうと、ジ・Aはなにも返さない。その体からは、ノイズすら発しなくなってしまった。
「ジ・A……」
ミスラが悲しそうに呟く。
リーデですら、沈痛な面持ちだ。
結局、シルヴィの目覚めは見れなかったのか、ジ・A。
俺はシルヴィに目を向けた。
筒の中身は空っぽになり、ベッドからなり続けていた異音もいつの間にか止んでいる。
「ところで、シルヴィはもう目覚めているのか?」
「そうだね……今のところ、変わりは無いけど」
俺たちは未だ眠りについたままのシルヴィを、じっと見つめた。
一分、二分と時間が経つ。
「起きないね」
「ああ」
「やっぱりマギニウムが足りなかった、なんてことはないだろうな?」
リーデが不吉なことを口にする。
もしそうだとしたら、俺たちだけじゃシルヴィの目覚めさせ方なんかわからないぞ。
「ん、んん……」
この場の空気が沈みかけた時、シルヴィが声を上げた。
「シルヴィ?」
「んん、うぅん……ん?」
ベッドで眠っていた少女は、俺の呼びかけに反応し、ゆっくりとその目を開いた。
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