04 キミ、とってもすごいんだね!
牛よりも大きな胴体からはライオンとヤギの頭が生え、尻尾はヘビ。姿形は話に聞くキメラそのものであった。
しかし、通常種の体毛の色が茶色なのに対し、目の前にいるこいつは暗い血のような赤色をしている。間違いなく亜種だとわかった。
「ぐるるぅ」
奴にしてみれば、俺は突然増えたイレギュラーだ。危険度を計るように、その場から動かず唸り声を上げる。
俺はその隙にステータスオープンして、キメラの能力値を見た。
キメラ亜種
攻撃:320
防御:270
魔力:200
魔防:200
敏捷:100
うお、攻撃力は300超えかよ。しかも敏捷以外は200以上。各能力値の平均が100を超えれば中級と言われる冒険者では、複数いても厳しい相手だな。
一言で言って絶望的。俺一人じゃ絶対に勝てない。
ある程度の強敵だとは予想はしていたが、ここまで強力なモンスターだとは思っていなかった。
それに何より、今はアミルちゃんを無事に村まで返すことが最優先だ。無理に戦う必要はない。
ミスラがソロでキメラと戦える実力があるならありがたいが。
「君、キメラと戦ったことある? 俺は無いし、実力も初級程度だから、君の指示に従うよ」
「私? あの……えへへへ……」
俺の問いかけはまったく予想していなかったのか、ミスラは困ったような笑みを浮かべた。
まさかと思うが、強くないとか?
俺はキメラにしたように、少女にステータスオープンを使う。彼女の能力値はと言うと……。
ミスラ
攻撃:75
防御:65
魔力:120
魔防:120
敏捷:100
魔力と魔防は俺より高いが、平均値で言えば俺とほぼ同じ……。
一言で言って絶望的。俺とこの娘じゃ共闘しても絶対に勝てない。
よくこの能力値でキメラがうろつく森に飛び込んだもんだな。まあ、俺も他人のことは言えないが……。
「ぐぉぉぉ!」
ライオンの口が咆える。
俺たちは三人とも、びくりと身をすくめた。
俺たちが攻勢に出ないので、大した相手でないと悟ったのだろう。奴は鼻息荒く臨戦態勢を取った。
「あの……大丈夫?」
アミルちゃんも不安げな表情で俺たちを見上げる。
「私が囮になるから、ウィン君はアミルちゃんを連れて逃げて」
「そんなことできるはずないだろ」
このミスラと言う少女は、迷いもなく自分が犠牲になると言ってのけた。こう言う人を見捨てる人間にだけはなりたくない。
「逃げるだけなら、手は無くない……」
「ほんと? キミすごいんだね!」
ミスラは大きな瞳をキラキラと輝かせて俺を見る。
大した手でもないので、ここまで期待されるとちょっと恥ずかしい。
がさ。
キメラが一歩踏み出した。詳しく説明している時間はなさそうだ。
「君たち、目をつぶってて!」
「う、うん」
「はい」
俺はミスラとアミルがギュっと目を閉じたことを確認して、息を吸い込んだ。
正面のモンスターに両手を向けると、奴は警戒したのか足を止め、三つの首で油断なくこちらを観察してきた。
そうだ、よぉくこっちを見てるんだぞ……。
「【フラッシュ】!!」
掛け声とともに、両の手の平から閃光が迸る。
「ぐ? ぎゃわぅ!?」
【フラッシュ】は閃光を放ち、相手の目をくらますスキル。派手に光るが、このスキル自体にダメージを与える力はない。
しかしキメラは、俺の行動を見逃すまいとしていたのが仇になった。その首は三体とも俺の放った閃光を直視して、完全に視力を奪われたようだ。
「ぐぅおぅぅ」
「ばぇぇぇ~」
ライオンもヤギも首を振りながら、その場をよろよろと回転する。あれだけの閃光を直視したのだから、すぐには視力は戻りそうにない。
「すごいすごぉい! ほんとにどうにかなりそう! キミ、とってもすごいんだね!」
ただの目くらましを使っただけなのに、ミスラはがっかりするどころか感嘆の声を上げた。【月下の白刃団】で使った時は、ダメージを与えるスキル使えとか逆に文句を言われたぐらいなのに。
「がう! がるぅ!」
ライオンの首は威嚇の咆哮を放つ。だが、その先に俺たちはいない。完全に見失っているようだ。
もしかして、今ならあいつにダメージを与えられるチャンスなのでは?
俺は今後のために少しでも傷を残しておこうと、剣を抜き構えた。
「たあ!」
「危ない!」
キメラに向かって切り込もうとした瞬間、背後からの声に俺の足が止まる。その直後、目の前を大蛇の牙がかすめていった。
「うわっ!」
俺はよろめき、情けない恰好で後ろに下がる。
もう一歩踏み込んでいたら、あの牙にやられていた。ミスラが止めてくれて助かった。
「くそ、【フラッシュ】が効かなかったのか!?」
ヘビの目を見てみるが、瞳はあちこちに動き俺を捉えているようには思えない。
「ヘビの中には、目が見えなくても獲物を捕まえる能力を持ってる奴がいるんだよ」
ミスラが俺の疑問を晴らす答えをくれた。
つまり、このヘビの頭にはその能力があるのか。通常種ではそんな能力があると聞いたことがないので、この亜種特有の能力なのだろう。
今の動きで、尾っぽのヘビだけでも俺より強いとういうことが分かった。無理に戦っても、傷を負わせるどころか返り討ちされかねない。
幸いなことに体の主導権はライオンかヤギにあるらしく、いまだに俺たちがどこにいるのか分かっていない状況だ。
当初の目的であるアミルちゃんの安全も確保できたことだ。これ以上の深追いは、アミルちゃんを余計な危険に巻き込んでしまうかもそれない。ここはいったん村へ戻ろう。
「そうだね。あいつは無策で勝てる奴じゃないよ」
俺の意見に、ミスラも賛同してくれた。ザンギルたちならきっと、無理にでも戦っただろう。
この娘が、ちゃんと状況が見れる人でよかった。
「そうとなれば、こんな所に長居は無用だな」
キメラ亜種が目くらましから回復する前に、俺たちは足早に村へと戻った。
閲覧ありがとうございます!
ブクマ、評価をいただければ、とても励みになります!