39 それってもはや、人間なのでは?
「やったようだな」
緊張感のない声を出しながら、ジ・Aが近づいてくる。
「おかげで、シルヴィもマギニウムも守られた」
隣の部屋を覗き込むと、さっきリーデが渡されたのと同じ筒が四本置かれていた。
「これが残っているマギニウム全部か?」
「うむ。この島内を探せば、他にもどこかにあるやもしれんが……まあ望み薄だろう」
四本……リーデが使ったものも含めれば、合計で五本か。
「シルヴィを起動させるには、どれだけマギニウムが必要なの?」
「二本もあれば十分である」
「じゃあ、私たちが持って行っても大丈夫だね」
「うむうむ。一度起動させてしまえば、内臓魔力炉が稼働に必要な魔力を生み出し続ける。残りは持って行っても構わん」
そうなると、三本はもらえるってことか。
「トビーたちを元に戻す術式ってのは、三本で足りるのか?」
「この量のマギニウムなら、一本でも十分なぐらいだ。まあ、貰っていいと言うのならば全て貰っていくが」
しっかりしてるな。
まあ俺にそれの価値はよくわからないし、トビーが治るならばそれで構わない。
「もう一つ疑問なんだけど、さっきのゴーレムって、ジ・Hに第七世代……シルヴィの奪取を命令されてたんだよな?」
「ああ、そうだね。なんでシルヴィのことを連れて行こうとしたんだろう?」
俺たちの視線がジ・Aに集まる。
「それは、ワガハイにも確かなことはわからん。ゆえに推測になってしまうが、シルヴィに使われている技術を盗もうとしたのであろう」
「さっきの第六世代もかなり高性能だと思うが、それ以上の技術がシルヴィにはあると言うわけか」
「うむ。シルヴィこそワガハイの生み出した英知の塊である、魔道学習回路を搭載しておるのだ」
「魔道学習回路?」
三人の声が重なる。
「さっきの第六世代を見たであろ。情報が初期化されれば、扉を開けることもできなくなる。本来なら、戦闘データもインプットされておるはずだから、もっと効率的な戦いだってできたはずだ」
あれで本来の力が出せていなかったというのか。
俺は改めて、立ち尽くしたままの人型ゴーレムを見る。
「剣を奪った時も、自分で使うこともなかったしの」
あの基本性能に加えて、武器まで持たれてたら勝てたか怪しいところだ。
初期化とやらがされてて、本当によかった。
「確かに第六世代も他のゴーレムと比べれば、十二分に高性能ではあるが、そこまでが限界だ。だが」
そこでジ・Aは言葉を区切った。
俺たちは何も言わずに、次の言葉を待つ。
「シルヴィは自分で学習する能力があるのだ!」
魔道学習回路という名前から、なんとなく想像もできていたのだが。
なるほど、ジ・Hの狙いはその機能なのか。
「つまり、扉の開け方を教えなくても、開けられるようになるってこと?」
「簡単に言えばそうである。もちろん扉の開け方だけではないぞ。料理や洗濯のような家事から、飛空艇の操縦だってできるようになる」
「それって戦闘用や清掃用みたいな、専門のゴーレムに分けなくてもよくなるってことか?」
「その通りである。究極の話、ゴーレムがゴーレムを作るようにだってなるのだ」
ゴーレムがゴーレムを作る。それってもはや、人間なのでは?
「それもシルヴィが起動しなければ、机上の空論にすぎんがな。さて、急いで我が娘を目覚めさせよう」
ジ・Aは、マギニウムを保管している部屋へと入っていく。俺たちもそれに続く。
マギニウムは、部屋の奥に置かれた棚に保管されていた。
「俺が持ってくよ」
ジ・Aのアームは片方が壊れている。二本となると運びづらいだろう。俺は棚に手を伸ばす。
それと同時に、背後でガシャリと音がした。
「ぐぁっ!」
俺が振り向くよりも早く、リーデが吹き飛ばされてきた。
運悪くリーデは俺に当たり、その衝撃でゴトンゴトンとマギニウムの筒が床へと落ちる。
「ジジジ……」
顔を上げると、人型ゴーレムが立っているのが見えた。
「こいつ、まだ動けたのか」
「このぉ!」
すぐそばに立っていたミスラが、短剣を抜いて肩の傷に切りかかる。
「きゃぁ!」
しかし、その一撃が当たる前に、人型ゴーレムに殴り飛ばされてしまった。
「ミスラぁ! こいつぅ、【サンダー】!」
リーデと棚に挟まれてしまって身動きが取れない俺は、魔法スキルで応戦しようとしのだが、スキルが発動しない。
【マギグラディオ】は魔力を刃にする剣だ。戦闘中に剣とスキルの使用で、魔力を消耗し過ぎてしまったようだ。
「おのれぇ!」
ジ・Aが果敢にも人型ゴーレムに挑みかかる。
「無茶だ!」
結果は予想通り。ジ・Aは蹴り上げられ、床に落ちた筒へとぶつかってしまった。
ガシャンと音を立てて割れるマギニウム。銀色の液体が、床へとこぼれた。
「あ、ああ、マギニウムが……」
今の衝撃で二本割れてしまった。しかも運が悪いことに、もう一本がごろごろと人型ゴーレムの前に転がって行ってしまった。
バリン!
その価値を知らない人型ゴーレムは、一片の躊躇もなく筒を踏み壊した。
「なんと言うことだ……!」
「早く逃げろ!」
ジ・Aは迫るゴーレムよりも、床に広がるマギニウムを呆然と見つめている。
銀色の液体は蒸発するように、凄い速さで中空へと消えていく。
「ジ・A!」
人型ゴーレムの拳が振り上げられる。
「【サンダー】!」
「!!」
振り上げられた拳に雷が落ちた。
ビクンビクンと震えながら、その場に崩れ落ちる人型ゴーレム。
今度こそ本当に、こいつの最期だ。
「うう、や、やったのか?」
ようやく意識を取り戻したリーデが、俺の上からどく。
「ああ、だが……」
地面にこぼれてしまったマギニウムは、もう全てが蒸発してしまっていた。
「マギニウムは、空気に触れると瞬時に魔力が拡散してしまう……これでは、もう」
リーデは渋い顔をしながら、割れたガラス片を見つめた。
「ジ・A、大丈夫?」
ミスラも立ち上がり、ジ・Aを気遣う。
さすがの人型ゴーレムも、先ほどまでのダメージで全力と言うわけではなかったようだ。
ミスラは深手は負わずにすんだようだ。
「うむ。だが、だいぶダメージを負いすぎてしまった。そう長くは活動できんだろう」
「そんな……」
「気にするな。さあ、ワガハイが動けなくなる前に、シルヴィを目覚めさせよう」
ジ・Aは残った筒を抱えようとした。
だが、車輪は歪んでしまい、うまく走行できない。
「これは私が」
見かねたリーデが筒を持つ。
「ジ・Aは、俺が連れて行くよ」
俺はジ・Aの体を抱きあげた。
金属製だけあり、大きさよりもずっと重い。
この部屋にあったマギニウムは一本だけになってしまった。そして、シルヴィの起動には二本は必要だと話していた。
あともう一本、俺たちがもらっていくはずだった物が残っている。
これを渡したら、またマギニウムを探し直しか。この神域に、まだ残っていればいいのだが……。
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