03 私はミスラ
俺はおじいさんの村へと行くことにした。ここからは、そう遠くないらしい。
道すがら、村の周りに現れたモンスターなのか特徴を聞いてみると、ギルドではキメラの亜種だろうと言われたそうだ。
キメラはライオン、ヤギ、ヘビ等、数種の動物の特徴を併せ持つモンスターで、能力値も高く炎のブレスも吐く。中級レベルの冒険者なら複数人で相手にしないとまず倒せない。
俺にとってキメラというだけでも厄介だが、さらに厄介なのは亜種という点だ。
亜種は基本的に通常種よりも一回り能力値が高い。それに加えて、使用するスキルや弱点も通常種とは違うのだ。
キメラは強力なモンスターだが、それなりに知名度も高く弱点も広く知られている。炎を吐く反面、低温に弱い。アイス等の氷結系の攻撃でヘビやライオンの部分を攻めると、効率的にダメージが与えられる。
だが、通常種と弱点の違う亜種モンスターには、その戦法が通じない
しかも亜種の弱点は、個体ごとに変わる。キメラ亜種Aは弱点が炎でもキメラ亜種Bは雷だったりする。つまり、戦いながら弱点を探らなければいけないのだ。
例え通常種だったとしても、俺一人じゃキメラを相手に勝てる見込みは少ないのに、亜種となるとさらに可能性が低い。
最低条件として、弱点を突けないとダメージを与えられるかも怪しい。
なにかいい案が無いかと考えていたが、特に何が思いつく前にもう目の前に森に囲まれた村が見えてきた。
だが、どうも村が騒がしいようだ。まさかもうキメラに襲われたのでは?
俺はそう思い、おじいさんよりも先に村へと入った。
「おや、あんたは?」
村に入ると、入り口付近に立っていた中年の男が話しかけてきた。
村の入り口には手製の武器を持った男たちが数人立っていたが、様子を見る限りキメラに襲われたような気配はない。
「この方は、冒険者の方だ」
「村長!」
「おお、ギルドで依頼を受けてもらえたんですね!」
「それがのぉ……」
俺の後ろからやって来たおじいさんが、男たちに事情を説明する。
「そうだったんですか……」
そう言って、男たちはちらりと俺を見た。装備品も下級の剣と胸当てだけ。素人目で見ても、強そうには見えないだろう。
「それよりお前たち、何かあったのか?」
「そうです。それがなんですが……」
「村長が戻る少し前なんですがね、アミルが薬草を取ってくると森に行っちまいまして」
「な……! アミルが……!?」
話を聞いたおじいさんが、これまでにない驚愕の表情を浮かべた。
「アミルってのは村長の孫娘でな……」
「なるほど」
状況が分からないでいた俺に、近くの男性が補足で説明してくれた。
村長の息子がキメラに襲われて大怪我を負ったと言っていた。アミルが村長の孫娘ってことは、大怪我をした息子の娘ってことだろう。
そして、父の傷を治すために薬草を取りに行った、そんな所だろうか。
「モンスターのせいで、ここしばらく森の奥に行けなくてな。薬草の類が足りてないんだよ」
俺の考えを察したのか、男性がさらに付け加えた。
「それじゃあ、すぐに探しに行かないと」
「そ、そうだ、わしも探しに行くぞ!」
俺に同調するおじいさんに、村人たちは言った。
「それなんですが、俺たちもアミルちゃん探しに行こうと思った矢先にですね」
「十六、七ぐらいですかね……娘が一人ふらっと村にやってきて」
「モンスターとアミルの話を聞いたら、私が探してくるとか言って森に行っちまったんですよ」
「なんと!」
俺と同じソロの冒険者だろうか。モンスターの話を聞いたらキメラってのはすぐわかりそうだが、それでも森に向かうなんて、見た目は女の子でもよほどの手練れなのかもしれない。
「そこで、俺たちも追いかけようと準備してたところなんでさあ……」
「だったら、俺が探してきますよ。皆さんよりかは実戦経験がありますから」
「それは助かるが、ほんとに一人で大丈夫かい?」
大丈夫とは言い難いが、余計な心配をかけるわけにもいかない。俺は「大丈夫です」と頷いた。
それより心配なのはおじいさんの方だ。「わしも行く」と騒いでみんなに止められている。
「森には道が何本か通っているが、あまり大きくそれると迷うかもしれんから気を付けろよ」
「はい」
みんながおじいさんを止めている間に、俺はまず、その少女が向かったという道から探してみることにした。
森に延びる道は整備されているほどではないが踏み固められ、歩きやすくなっている。俺は薄暗い森の道を、十分ほど歩いた。
今まで歩いた限りでは、孫娘や少女と出会うどころか人の気配がしなかった。
二人とも、もっと森の奥まで行ったのだろうか。そう思った時だ。
「きゃぁぁ!」
道を外れた森の奥、木々の間から悲鳴が聞こえてきた。
俺は目を凝らして悲鳴の聞こえた方向を見る。
「きゃぁぁぁ!」
すると、再び悲鳴が。
声の聞こえた方向を確認し、森の中へと駆けだした。
「どこです? 大丈夫ですか!」
俺は叫びながら木々をよけて走る。
「ひゃぁぁ!」
またも悲鳴が聞こえてきたが、確実にこちらに近づいていた。
「こっちです! 大丈夫ですかぁ!」
「うひゃぁぁぁ!」
やがて森の暗がりから、女の子と手を繋いだ少女が、こちらに叫びながら走ってくるのが見えた。
「大丈夫ですって、わ!」
「ま、待って! 人がいるよ!」
「え? え? 人? きゃぁ!」
よほど慌てていたのか、少女が俺の存在に気付いたのは、だいぶ近づいてからだった。
女の子の方は先に気付いて忠告したが、それでも速度を落としきれずに、少女は俺にぶつかって二人して倒れてしまった。
「あいたた、って、ご、ごめんなさい!」
「いや、俺は大丈夫。君は?」
「私も、大丈夫」
俺は彼女に手を差し伸べて抱き起こす。
「そうだ!」
彼女はスカートに着いた土を払っていたが、すぐに何かに気が付いて振り返る。
腰に短剣が揺れているので、冒険者だろう。
「よかったぁ」
少女は安堵の声を上げる。
その隣で、小さな女の子もほっと息を吐いていた。
「もしかして、君がアミルちゃん?」
「は、はい」
アミルちゃんの方は咄嗟に手を放したので、怪我をさせずに済んだようだ。
「それで、君は?」
俺は冒険者風の少女に尋ねる。
青みがかった銀色のロングボブ、髪と同じ色の大きな瞳が特徴的な、かわいい娘だった。
「私はミスラ。あなたは村の人?」
「俺はウィン。村長に頼まれてモンスター退治を引き受けたんだけど」
がさり。
俺が言い終わる前に、不吉な音が少女たちの走ってきた方向から聞こえてきた。
「やっぱり、追ってきてたんだ」
がさりがさりと落ち葉を踏み鳴らす音が少しずつ近づいてくる。
怯えた表情で二人が森の奥を見つめていると、キメラがゆっくりと姿を現した。
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