29 わるいぴょこたでちゅねえ
見てはいけないものを見てしまったが、このぬいぐるみがリーデの物であるということは、少なくとも彼女はここを通ったと言うことだ。
この先どこかで合流できるといいのだが。
ぬいぐるみを片手にさらに歩いていると、すでに開いている扉を発見した。
扉の奥は広めの部屋になっており、机やロッカーなどが置かれている。奥の壁には、もう一つ扉が付いていた。
「リーデ、いるか?」
入り口から声をかけてみるが、返事はない。
危険はなさそうなので、部屋の中に入って調べてみる。錆びたロッカーの中には、ボロボロの作業着が落ちていた。
ここは、作業員のロッカールームだったのだろう。
念のために奥の扉も調べてみようと、机の上にぬいぐるみを置いて、部屋の奥へとすすむ。
奥の扉も開きかかっていたので、まずは中を覗き込んでみた。
こちらの部屋は、そこまで広くはなく、ベッドの残骸が二つほど置かれていた。仮眠室として使われていたようだ。
ここも危険はなさそうなので、部屋の中に入って調べてみる。
しかしベッド以外は何も無く、捜索も早々に終わる。リーデと合流することを優先したほうがいいなと思い、俺は戻ろうとした。
だがその時、格納庫の方から物音が聞こえてきた。
ミスラかリーデだろうか。俺は名前を呼ぼうかと思ったが、もしゴーレムだったらと頭によぎり、仮眠室の扉の陰に隠れ様子を窺うことにした。
「くぅ、どこで落としたんだ? 私としたことが、こんな不注意を……絶対に、あいつらより先に見つけなければ」
いつでも戦闘態勢に入れるよう剣に手をかけて待っていたが、扉から入ってきたのはリーデだった。
俺はほっと胸をなでおろし、ロッカールームへ出ようとした。だが、次の瞬間。
「あぁ! ぴょこたぁ!」
机の上のぬいぐるみを目にした途端、リーデの声色が変わる。
「もう、ひとりでどこいってたんでちゅかぁ。わるいぴょこたでちゅねえ」
でちゅ?
リーデの身に、何が起こってるんだ?
「おねえちゃん、ほんとうにちんぱいちたんでちゅよ? でも、なんでこんなところにいたんでちゅかねえ?」
おねえちゃん?
いやいやいや、俺が置いたからね。
「もちかちて……」
さすがに不自然さに気が付いたか。わざわざ机の上に置くなんて、この神域内でそんなことをする者は、俺かミスラぐらいしかいない。
「おねえちゃんのおてちゅだいがちたかったんでちゅかぁ?」
メルヒェン!
「ぴょこたったらえらいえらいでちゅねえ。でも、ひとりでかってにうろうろちたらあぶないんでちゅからね! め! でちゅからね?」
だめだ、絶対に出て行けない。
俺がここにいることを、彼女に知られてはいけない。
「おねえちゃん、これからおともだちをさがちにもどるから、もうかってにどこかいっちゃだめでちゅからね」
俺たちのことお友達って呼んでるのか……。
リーデはぬいぐるみの頭を撫でると、大事そうに道具袋にしまった。
リーデはロッカールームの出口に向き直る。これで俺がここにいるのがばれずに済んだ。あとで素知らぬ顔で合流すればいい。
そう思ったのも束の間、俺もリーデも驚愕の光景を目にしてしまう。
ロッカールームの扉口にミスラが立っていたのだ。
「ミ、ミ、あ、ミス」
リーデは口をパクパクとさせる。
「あの、その、声が聞こえてきたから、リーデちゃんかなあと思って来たんだけど、あ、でもでも、声が聞こえただけで、何言ってるのかは全然わからなかったし、えっとえと、ちょうど、そう、ちょうどいまきたばっかりだから、ぴょこたとか全然知らない! ほんと、リーデちゃんがこっち向くのと同時にここに来たから!」
あからさまな挙動不審。
俺もミスラがいつからそこにいたのか気づかなかったが、絶対に見てはいけないものを見てしまったし、聞いてはいけないものを聞いてしまっている。
「あ、あ、これ、ちが、ちが」
リーデは相変わらず口をパクパクさせるだけだ。
「うん、違うよね、うんうん。ほらりーでちゃん、深呼吸しようね? ね? はい吸ってぇ、吐いてぇ」
ミスラはなんとかリーデを落ち着かせようと精一杯だ。
だが、リーデの不運(この場合俺にとっての不運でもあるが)はまだ続いた。
ぎぃ。
俺が隠れていた扉が不意に音を立ててしまったのだ。
「ふぇ?」
リーデが気の抜けた声を上げながらこちらを見る。
扉はゆっくりと開いて、俺の姿が露わになってしまう。
「あ、あ、あ、おま、そこ、いた、お、お」
「いやいやいや、違うから。俺も今来たところ。それに、俺はリーデじゃなくてミスラの声を聞いたから来たんで、リーデがここにいるなんて知りもしなかったから。ほんとに、本当に。あーでも、これで三人そろったな」
「そうだねぇ! みんな無事でよかったよねぇ! 三人そろって、ね!」
「いやぁそうだ。離れ離れになった時はどうしようかと思ったけど、思ったより早く合流できてよかったな!」
「うんうん! こんなに早く合流できると思わなかったよ! よかったねぇ!」
わざとらしいぐらいに明るく振舞って、リーデの方をちらりと見る。
当のリーデは死人のような顔をして、恨めしそうに俺を見つめていた。
「あぁぁ! そうだ! ミスラ、落とし穴に落ちてからどうやってここまできたんだ?」
「え? え? えーと、あれ? 一気に記憶飛んじゃって……えっとちょっと待ってて」
どうにか話題を逸らそうとしたが、ミスラがど忘れしたとあれこれ思案する。無理もない、あんな光景を見せられては、記憶も飛んでしまうだろう。
「……ごめん、思いだせないや、あはは」
「そうか、あはは、思いだせないか」
ミスラは乾いた笑いを上げる。俺も喉の奥から乾いた笑いが込み上げてくる。
「さて」
突然リーデが冷静な口調で、すっくと立ちあがった。
「おい、リーデ?」
「あ、あの、リーデちゃん?」
振り向いたリーデの顔は、いつもの少し険しさがある表情に戻っていた。
「無事に三人揃ったんだ。マギニウムの探索を再開させるぞ」
なかったことにしようとしてる!
「そうだね! うん! うん!」
だが、俺たちはそれに乗っかるしかなかった。全力で。
俺もミスラも首をぶんぶんと縦に振る。
「まずはここから出よう。ゴーレムがどこに潜んでいるかもわからない。十分に警戒するように」
ミスラはそう言うと、颯爽と歩きだす。
ガンッ!
その直後、出口の扉に頭をぶつけてうずくまる。大きな音もしたし、したたか打ち付けてしまったようだ。
「っ~~~~!」
声にならない声を喉の奥で鳴らしたが、再びすっくと立ちあがる。
「行こうか」
そしておでこを真っ赤にしながらも、何事もなかったかのようにロッカールームの跡地から出て行った。
俺たちは何も言えずに、ただただその後ろをついて行くしかなかった。
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