27 一難去ってまた一難
「みごとにカチンコチンだよ」
ミスラがコンコンと氷を叩く。
「でも、こんなのがわんさか出てきたら、ウィンくんだけじゃ魔力切れになっちゃうよね」
合体スキルを使えるとはいえ、俺自身の魔力は有限だ。
下位スキル約二発分で発動できるので、燃費は恐ろしくいいのだが、それでも限界は来る。
ゴーレムだって島内の防衛隊として配備されてるぐらいだから、一体二体じゃすまないだろう。
ミスラの不安も当然と言えた。
「いや、そこまで稼働できるゴーレムが残っているとは思えない」
それに対し、リーデは楽観的な声を上げる。
「ステータスには、この島は敵に攻め込まれて敗北したと書いてあったな」
「ああ」
「つまり当時の戦闘で、配備されていたゴーレムの多くは倒されたと考えていいだろう」
「そうか、そうだね」
「それに加えて島の墜落の衝撃や千年以上の経年で、無傷で稼働できるゴーレムはさらに数を減らしているはずだ」
最後に、以前【灰の書】で調査した神域ではそうだったと付け加える。
これはありがたい情報だ。今回の目的は討伐ではなく探索。戦闘回数は少なければ少ないほどいい。
しかしこのゴーレムが大戦を乗り越え、千年以上の時を経てもなお命令に忠実に従い続けたとなると、氷漬けになっている姿は少し悲しく思えた。
こんなことを口にすれば、またリーデに物に感情移入し過ぎるな、と言われてしまうかもしれないが。
「のんびりしている時間はない。全員怪我がなければ、このまま進むぞ」
リーデは通路の奥を見る。
「うん、私は大丈夫」
「俺もだ」
三人とも、今回の戦闘では大した被害はなかったよ。
まだまだ入り口を入ったばかりで、消耗してもいられない。俺たちはマギニウムを目指して、さらに奥へと一歩を踏み出した。
「ジザザジー、ザ、緊急警報! 緊急警報! ジーザザザ、敵対勢力ノ侵入ヲ確認、敵対勢力ノ侵入ヲ確認! ジー」
その瞬間、背後で氷漬けになっていたゴーレムから再び音声が流た。
「こいつ、まだ動けたのか!?」
俺たちは慌てて振り返る。
だが、氷の中にいるゴーレムは、相変わらず身動きが取れない状況だ。氷を通して、くぐもった音声だけが流れていた。
「これは……」
リーデが表情を曇らせる。
「ザザザ、繰リ返ス、ジージー、敵対勢力ノ侵入ヲ確認、敵対勢力ノ侵入ヲ確認! ザジジー」
ゴーレムは音声を流すだけで、攻撃を仕掛けてくる様子もない。
だが、ここにとどまるのはあまりいいこととは思えない。
『緊急放送、緊急放送。島内に敵対勢力が侵入しました』
早く奥に行ってしまおうと思った矢先に、ゴーレムとはまた別の音声が流れる。
今度はゴーレムからではなく、神域自体から流れているように聞こえた。
『本島は、これより第二種警戒体制から第一種戦闘体制に移行します。島民の皆さまは、各区域誘導員の指示に従って、速やかに最寄りのシェルターに避難してください。繰り返します』
ゴーレムより滑らかな、女性の声で音声は続く。
内容を聞く限り、俺たちにとって状況は悪化しているようだ。
『第一種戦闘体勢への移行により、島内の防衛システムは準稼働状態から完全稼働状態となります。島民の皆さまは、決してシェルターないから出ないでください』
防衛システムが完全稼働状態になるとはどういうことか、詳しいことはわからない。だが、物騒なことであることはわかった。
「こんなことなら、完全に止めを刺しておくべきだったか」
リーデがゴーレムを睨みつける。
どうやらこのゴーレムが緊急警報を出したから、神域が第一種戦闘態勢に移行したようだ。
しかし、今さら悔やんでももう遅い。次の行動を考えるべきだ。
「ウィンくん、きっとトラップも発動すると思うよ」
「ああ、その前に調べておこう」
俺は通路のステータスを開示する。
概要を読めばトラップの有無ぐらいはわかるだろう。
第十八番地上出口前通路概要:
第十八番地上出口へと繋がる通路。地上からは長い傾斜を下りてこの通路に繋がる。
出口と反対方向へ進むと、各区域を結ぶ大通路へと出る。
出口付近には、対侵入者用にダストシュートが仕掛けられており、侵入してきた敵勢力を分断するのに使用される。
「ダストシュートだって」
「出口付近って、ここだよな?」
「ああ、おそらくな」
俺たちは三人で顔を見合わせる。
「に、逃げ……」
俺が言い終わるよりも先に、足元の床がパカっと開いた。
「遅かったぁ!」
「きゃぁぁ!」
「くっ!」
俺たちの叫び声が尾を引いて、闇の中に吸い込まれていく。
「うわ、わわわぁ!」
傾斜をごろごろと転がり落ちる。
どうにか止まろうにも、ここまで勢いがついてしまっては、手足を伸ばすのは逆に危険だ。
体を亀のように丸めながら、なす術もなく斜面を転がる。
どれぐらいの時間が経っただろうか。ようやく俺は、どこか平らなところにスポーンと放りだされた。
「わ、わ、う、ぅぅ」
辺りは真っ暗だが、目が回っている感覚だけはある。立ち上がろうにも、すぐにバランスを崩して尻もちを付いてしまった。
この状態でゴーレムにでも襲われたら、ひとたまりもない。落とし穴の下なんだから、それぐらい待ち構えていてもおかしくはないだろう。
しかしその心配は杞憂に終わった。俺が落ち着くまで、特に危険は訪れなかった。
「【ライト】」
ようやく落ち着いた俺は、魔法の灯りをともす。真実を照らす好奇心の神であるリーデの作りだしたものと比べる、灯りはだいぶ小さい。
それでも十分視界は確保できた。辺りを見回すと、どこか広い空間に落とされたようだ。ミスラとリーデの姿も無い。
「ミスラ! リーデ!」
二人の名前を呼んでみる。
………………。
少し待っても返事はない。
「ミスラァ! リーデェ!」
今度はもう少し大きな声で呼んでみたが、やはり返事はなかった。
「やれやれ、一難去ってまた一難か」
俺は呟きながら立ち上がった。
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