23 ウィンくんの言う通り
【月下の白刃団】をクビになってから、久しぶりの遠出だ。
緊張はしていたが、町を出てからは問題も起こらずに旅は続いた。
街道沿いには、簡易の宿泊小屋もある。町や村が無くても、野宿を強いられることもない。
俺たちは実に穏やかに、シトゥマの町に到着することができた。
しかし、そこでちょっとした事件が起こる。シトゥマから神域へと向かう日の朝のことだ。
いつもなら、俺たちよりも早く起きているリーデが中々部屋から出てこなかった。
「何かあったのかな?」
「体調を崩したなら、出発は延期したほうが良さそうだな」
俺とミスラは宿の食堂で、すでに朝食を終えていた。
もう少し待っても来ないようなら、部屋まで行ってみよう。
そんな話をしていた時だ、リーデが階段を下りてきた。
「リーデちゃん、おはよう」
「ああ、おはよう」
挨拶は返ってきたが、表情は暗い。やはり、何かあったようだ。
「大丈夫?」
「ん? 大丈夫だ、問題ない」
リーデはすぐに、表情を戻す。だが、一度あの沈んだ顔を見てしまえば、気にするなというほうが無理な話だ。
「体調良くないなら、今日は休もう? ね?」
「この通り元気だ。何も心配することなどない」
「でも、いつもと様子が違うよ? 神域探索は、万全の状態で行かないと」
「それは、そうなのだが……」
ミスラが気遣う様子を見せると、リーデは困った顔をした。
「いや……すまない」
俺たちには謝られる覚えがないので、二人で顔を見合わせる。
「これは探索が終わってから伝えようと思っていたんだが……そうか、そんなに態度に出てしまっていたか」
俺たちに何か伝えることがあるらしいが、リーデの様子からあまりいい知らせではないだろう。
「先ほど、オズの護送係から連絡が入った」
「連絡? どうやって?」
「魔導通信だ」
リーデはそう言うと、四角い箱のような物を取り出した。魔力を利用した遠距離通信装置。【灰の書】独自の技術ではなく、一般に出回ってはいる物ではある。ただ、相当な高級品なので、俺も実物を見るのは初めてだった。
「それで、連絡って言うのは?」
「オズが逃走した」
「え!?」
「え!?」
俺とミスラが同時に声を上げる。
「護送中に何者かの襲撃を受けて、オズはそのまま逃走。もちろん捜査はしているが、行方は分かっていない」
「トビーくんは? トビーくんはどうなったの?」
「トビーなら無事だ。襲撃してきた何者かも、狙いはオズだけだったようだ」
その言葉に、俺たちはほっと胸をなでおろす。
「でもオズが逃げたってことは、またどこかで同じようなことをするかもしれないんだよね……」
しかしすぐにミスラは表情を曇らせた。
ミスラの言うことはもっともだ。せっかくトビーたちを元に戻したとしても、また新たな犠牲者が出てしまっては意味がない。
「すまない。私と同じ、実行隊の人間も同伴していたのだが」
「リーデが謝ることじゃないさ」
「今思い返せば、オズが脱獄した時点で協力者の存在を疑うべきだった。あそこまで見事な偽装手術もしていたのだ。襲撃者だって十分に予見できたはずだ」
リーデは後悔を表情に滲ませる。
「でも、これ以上起きてしまったことをどうこう言っても仕方がない。襲撃現場に今すぐいけるわけでもないんだから、気持ちを切り替えて今やるべきことをするしかないよ」
「ウィン……」
「ウィンくんの言う通り。トビーくんは無事だったんだし、他にも元に戻してあげなきゃいけない人が待ってるんだもん」
ミスラの言葉にも力がこもる。リーデに言っているようで、自分に言い聞かせているようでもあった。
「私たちが神域でマギニウムを取ってくることは、オズが逃げたとかそう言うことは関係ないんだから」
「ああ、俺たちの目的は、最初からマギニウムを取ってくること。それは今だって変わりない」
「お前たち……そうだな。探索に支障が出ると思って黙っていようと思っていたが、逆に励まされるとは……」
リーデは少し自嘲気味に笑ったが、先ほどまでの暗い表情ではない。
彼女にも、力が戻ってきたようだ。
「オズのことは、今回の探索が終わってから考えよう」
「うんうん」
「そうだな。神域までは、まだもう一日は歩かないといけない。こんな所で気落ちしている場合じゃない」
リーデはすっかり元気を取り戻し、いつもの倍の朝食を頼んだ。
そして翌日の早朝、俺たちは神域があると言う場所にやって来たのだが……。
「木しかないね」
「ああ、見事に何も無いな」
辺りは木々がまばらに生えている森の中で、神域があるようには思えなかった。
「見つけやすい神域は、もうすでに踏破されている。一見なんにもないようなところの方が、未発見の神域が眠っているというものだ」
「ごもっとも」
説明をしながら リーデはコンパスのような物を手に、辺りをうろうろと歩く。その後ろをついて、俺たちも歩く。
十分ほど行ったり来たりを繰り返したころ、、コンパスがピコンと音を立ててる。
「ここか」
その場所でリーデは足を止めた。
「ここ?」
「やっぱり、何も無いな」
今まで見てきた場所同様、リーデが立っている所も落ち葉と土が覆っている。いたって何でもない地面だ。
「まあ見ていろ」
そう言うと、リーデは地面に手をかざす。
口の中だけで何事かを呟くと、かざした手の下に円形の術式が展開された。
ずずずずずず。
足元が少し揺れ、リーデの目の前の地面がせり上がっていく。
「うわぁ、すごぉい!」
ミスラが目を輝かせる。さすがに声は上げなかったが、俺もその光景に胸が高鳴っていた。
「ほら、お待ちかねの神域だ」
少し自慢げに言うリーデの先に、地下へと続く神域の入り口が、ぽっかりと口を開けていた。
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