20 お前らに、【灰の書】からの依頼が来てるんだよ!
落とし前と言われても、俺たちの目的はトビーを元に戻す方法を見つけること。
トビーをあんな姿にしたことや、キメラ亜種を野に放ったことも許せないことではあるが、その分に関してはリーデがすでに清算してくれた。
「ねえ」
「ひぃっ」
ミスラが近くにしゃがみ込むと、その気配を察したオズが震え上がる。
魔術の腕は相当なものだったが、精神的にはだいぶ脆いようだ。
「トビー君を元に戻して」
「トビー? って、ああ、あのガキか……俺じゃ戻せねえよ」
「そんな……」
「嘘じゃないだろうな!」
あまりに無責任な物言いに、俺もつい声が大きくなる。
「嘘じゃない。嘘をついたって、マンドラキシンがあるなら意味がない」
俺がリーデを見ると、リーデも黙ってうなずいた。では、戻せないのというのは本当のことなのだ。
「戻せないって、なんで……」
ミスラが悲痛な声を絞り出す。
「そりゃあ、戻す必要なんてなかったからだよ」
「お前っ……!」
俺の頭に一瞬で血が上る。今にでもその顔を殴りつけたい。
だが、こいつを殴った所で何の解決もしない。トビーは、もう戻らないんだから。
「お前ら勘違いしてるようだが、俺が戻せないってだけで、二度と元には戻らないってわけじゃねえぞ」
「ほんとに!?」
ミスラの顔が一瞬明るくなる。
そう言えば、リーデも元に戻せなくはないと言っていた。なら、手詰まりと言うわけではないのだ。
「そこら辺は、俺よりリーデの方が詳しいだろうな」
オズはようやく開きかけた目をしょぼしょぼとさせながら、リーデを見上げた。
「それは本当なの?」
「ああ、そいつの言う通りだ」
「だったら早く言ってよ」
「いや、さっき言っただろ。ただこいつなら、もっと簡単に治す方法を知ってるかもしれないと思っただけだ」
「そ、そう言えばそうだったね、えへへ」
ミスラも地下室でのやり取りを思い出したようで、照れたように笑う。
「でもその物言いだと、簡単ではなさそうだな」
「その通りだ。元に戻す方法はあるが、かなり大掛かりな術式を使用する」
「それでも、戻せるんだよね」
「ああ。今回の件は、こいつを逃した【灰の書】の落ち度でもある。そもそも身内の恥を雪ぐために、トビーとやらを元に戻す協力をするのは当然と言えば当然だ」
【灰の書】は魔術研究に魂を捧げた狂人集団ぐらいのイメージすらある組織だが、案外義理堅いところもあるんだな。
「だが、さっきも言った通り、そう簡単な方法ではない」
「うん。私たちで協力できることがあったら、なんでもするよ?」
光明が見えてきた所で、ミスラが俄然やる気を取り戻す。
両手をぐっと握って、リーデに顔を寄せる。
「ち、近い……まあ、そこら辺の話はまたにしよう。私はこいつを送らなければいけないからな」
「え? じゃあ、【灰の書】に帰っちゃうの?」
【灰の書】の拠点がどこにあるのかは知らないが、それだとずいぶん時間がかかってしまいそうだ。
トビーのためにも、できるだけ早く戻ってきて欲しい。
「いや、さすがに私一人でこいつを【灰の書】に連れてはいけないからな。連絡をすれば護送役が来る手はずになっている」
「なんだ、お前だけで連れてくんじゃねえのか」
「ああ?」
視力も戻り落ち着きを取り戻したのか、オズが言葉を挟む。だが、リーデににらまれるとすぐにその口を閉じた。
隙を見て、逃げるつもりだったのだろうか。
「それだったら良かった」
ミスラも安堵の息を吐く。
「護送役への連絡や引き渡しの手続きなんかもあるから、トビーの件に関しては明日また改めてにしてほしい」
「うん、わかった……でも、明日は話を聞かせてね」
「ああ、安心しろ」
リーデは魔法封じの腕輪をオズに掛けると、路地を入ってきた方とは逆側へ引っ立てていく。
路地の外じゃ騒ぎになっているだろう。俺たちも戻っていかない方がよさそうだ。
「さて、俺たちも行こうか」
「そうだね」
すっきりとしない気持ちを残しながらも、今はリーデの言葉に希望を見出すしかない。
俺たちもリーデの後を追って、路地を抜けた。
リーデと別れた俺たちは、一度廃墟に戻った。途中で買った食料を、トビーに与えるためだ。
目の前に置かれた食べ物をがつがつと貪るその姿は、ほとんど獣になってしまったようで見ていられなかった。
「明日には元に戻せるかな?」
「戻せるといいけと、大掛かりな術式って言ってたからなあ……」
他の人に言える状況ではないので、トビーの世話は俺たちでしなければいけない。
そのことを考えても、できるだけ早めに解決したいところだ。
「これ、お腹すいたら食べるんだよ」
出された分の食料は全て平らげてしまったので、さらに多めの食料を檻の中にいれる。
これだけあれば今日一日は持つだろう。
「がぉぅ、あおおぉぉぅ」
「……絶対に元に戻してあげるからね」
ミスラが申し訳なさそうにトビーに声をかける。
「うおおぉぉ……」
俺たちはまた、獣の恨めしそうな声を背に受け、宿へと戻るのだった。
翌日、俺たちは朝食を取りながら、重要なことを思いだしていた。
「ウィンくん……リーデちゃんに、どうやって連絡しよう」
「……そのこと聞くの、すっかり忘れてたな」
詳しい話はまた明日なんて言いながら、いつ、どこで落ち合うとかの約束はまるでしていなかった。
そんなに宿の多い街でもないので、最悪、一件一件尋ねて回るか。
ピコーン、ピコーン、ピコーン。
そんなことを考えていると、ミスラの道具袋から呼び出し音が鳴る。
ミスラが一枚の木札を取り出すと、埋め込まれた石が淡く青色に光っていた。
木札はアステル証と呼ばれるギルドの登録証である。木札に埋め込まれた石には魔法が込められていて、ギルドからの連絡があるとこうやって音がなるのだ。
そして、光にも何色かパターンがあり、青色の場合は最寄りのギルドに来るようにという意味があった。
ランキング上位のアステルや有力な冒険者、あとはギルドの契約内容に違反した者には呼び出しがかかることもあるが、俺たちみたいな底辺アステルにとなると珍しい。
「私、呼び出しなんてはじめて」
「なんだろ?」
ちょうど朝食も済んだところだったので、俺たちは急いでギルドへ向かうことにした。
「おいおいおいおい、どうなってんだよ」
ギルドに入ると、受付の親父が信じられないという顔で俺たちを迎えてくる。
わざわざ親父の方からやってくるなんて初めてだ。
「何かあったの?」
「お前らに、【灰の書】からの依頼が来てるんだよ!」
「【灰の書】から依頼?」
「ほら、あの人が依頼主様だ」
親父が目くばせする先、テーブル席に座っていたのはリーデだった。
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