02 俺は見捨てられた人々のための冒険者になろう
「はあ」
青空の下、硬いパンをかじりながら俺はため息を吐いた。
見晴らしのいい崖の上。景色だけなら最高だ。だが、気分は最悪だった。
【月下の白刃団】をクビになってから一か月。俺は、前の拠点から少し離れた小さな町に移っていた。しかし、あれ以来ろくな仕事ができていなかった。
それというのも、サネルたちが俺がどれだけ役に立たない奴だったかと色んなところで吹聴したせいだ。
おかげで俺はアステルだけではなく、人間だけのパーティーからも敬遠され、ソロ活動を強いられている。
「お金がない……」
手の平には銀貨が一枚と銅貨が六枚。
仕事が手に入らないから、今も山で薬の原料になる薬草を集めて、お金に変えようとしているところだ。しかし、それだけでは宿代や食事代を引いたら赤字になる。
このままではあと三日もしないで、今食べている安さ以外に何の取り柄も無い、硬く不味いパンすら買えなくなるだろう。
「いや、安さだけでも取り柄がある分、俺よりましかなあ……」
俺は心の中でステータスオープンと唱えた。
目の前に、文字の書きこまれた半透明のガラス板のような物が浮かび上がる。
この板のような物に書かれているのが俺の情報だ。名前や能力値、各属性相性や持っているスキルなんかが書かれている。
スキルの欄には結構な種類が書きこまれていた。
【ファイア】【サンダー】【ウォータ】【アイス】【ウィンド】【フラッシュ】【応急回復】【強斬り】等々。他にも初級のスキルがずらりと並ぶ。数だけなら大したものだ。
まあ、どれも初級のスキルだから威力や効果は大したこともないんだが。
それでも俺は誰かの役に立ちたくて、これだけのスキルを取得した。初級とはいえ、取得するのも楽ではなかったんだが。
『こんなクズスキル、いくつ持ってても役に立たねえだろうが』
『もっと上位のスキル取ってもらわないと、ねえ』
『こんなスキルしか持ってなくても、アステルの一員やってられるんだ』
頭の中に、今までザンギルやアステルの団員たちから言われてきた言葉が浮かんでくる。
状況によっては、多少役に立ったこともあったんだけどなあ。そんなことは、みんなの記憶には残らなかったみたいだ。
「はあ」
俺は再びため息を吐き、スキル欄の一番上、他のスキルとは違う色で書かれた文字を恨めしそうに見つめた。
【他者のステータスオープン】。
これは、俺が持っている固有スキル。
固有スキルとは、さっき見ていた【ファイア】や【サンダー】のような後天的に覚える汎用スキルと違い、生まれたその時から持っているスキルだ。
あの新人が持っているという【剣豪】や炎の力を強化する【業火】、身体能力が強化される【強靭】みたいな能力だったら、俺ももっとみんなから役に立つと思ってもらえたのかな。
「これで最後かあ……」
俺は手に残った小さなパンの欠片を飲み込み、ごろりと寝転がった。
目に映るのは抜けるような青い空。
俺が初めてザンギルに会った時も、こんな空だった。
一年ほど前だ。あいつは地上に降りてきたばかりで、まだアステルのメンバーが集まっていなかった。
そこで俺はザンギルと出会ってアステルに誘われたんだ
しかしザンギルは地上に降りてきて間がないせいで、非常に功を焦っていた。
それと言うのもアステルにはランキングがあり、こなした仕事や名声等から手に入るポイントで順位づけされる。
さらにアステルのランキングは、天空島に戻ったあとの神々の上下関係やパワーバランスに影響するらしいので、アステルの神々はランキングを非常に気にしていた。
その中でもザンギルは、ポイントに対して貪欲だった。常に高ポイント、裏を返せばリスクの高い依頼ばかりを引き受けていた。
だから俺は、もっと堅実に行こうと忠告し続けてきた。その結果が今の俺なんだが。
俺は困っている人を助けたくて冒険者になったのにな。
「くうっ……」
いかん。これ以上考えていたら、泣いてしまいそうだ。
俺は気持ちを切り替え、薬草集めを再開しようと起き上った。
しかし、崖下に動くものを見つけて体が止まる。
誰かが山を登ってきているようだ。
それはよく見てみると、杖を突いたおじいさんだった。背中には大きな荷物を背負い、山道を歩く姿は大変そうだ。
俺は傾斜の緩い場所を探し、おじいさんの元へと歩いて行く。
「大丈夫ですか?」
「え、ええ、大丈夫ですよ……」
まさかこんな所で人と出くわすと思わなかったのか、おじいさんは驚いた表情を浮かべた。
それも一瞬で、すぐに大丈夫ですと返してきたが、あまり大丈夫には見えない。
「お、おおっと」
すると案の定転びそうになり、俺は咄嗟に体を支えてあげた。
「す、すみません……」
「いえいえ、そこの石に腰かけて一休みしましょう。荷物は俺が持ちますから」
「ですが、わしは、早く戻らないと……うう、くぅぅ……」
すると突然、おじいさんは涙をこぼし始めてしまった。
「ど、どうしたんですか? 何かあったんですか?」
「実は……わしらの村の近くに凶暴なモンスターが住みつきまして」
「モンスターが?」
「はい……わしの息子が奴と森の中で出くわしてしまい大怪我を負わされまして、命は助かったのですが、いつ奴が村を襲いに来るかも分かりません」
おじいさんは涙をぬぐい、眉間に皺を寄せた。
「なるほど。それは急いでどうにかしないと」
「わしらもそう思いまして、今しがた町のギルドに依頼に行ったのです」
「そうだったんですね。だったら、すぐに冒険者が来てくれますよ」
「……」
しかし、おじいさんの表情は硬い。
「おじいさん?」
「ギルドまで行ったのですが……依頼は受けてもらえませんでした……」
「な、なんで!? モンスター退治は冒険者の仕事。ギルドが受け付けないなんて」
「ですが、モンスターの特徴を伝えたところ、わしらが皆で出し合った依頼料では受けられないと……」
「そんな、お金で判断するなんて」
「なにせ貧乏村ですからなあ。わしらも依頼料が足りないかもしれんと思い、村特産の野菜を代金の足しにでもと持って行ったのですが、相手にしてもらえませんでした」
そう言って、おじいさんはあの大きな荷物をぽんと叩いた。
「村の者たちも、モンスターの影に怯えとります。それなのに、なんと説明すればよいのか……う、うぅ……」
そこで再びおじいさんは、涙をこぼしてしまった。
こう言う人達こそ助けなければいけないのに。
そのための冒険者なのに。
「あの、役所の方には知らせなかったんですか?」
「知らせはしたのですが、兵隊を村まで派遣するのに時間がかかると……」
確かに、役所は何をするのも時間がかかる。それに対し、お金はかかるが仕事が早いのがギルドの利点だ。
だが、ギルドからも見捨てられ、役所が動くのを待っている時間もない人が、目の前にいる。
「わかりました。その依頼、俺が受けます」
俺はあれこれ考えるよりも先に、言葉が出てしまっていた。
「あなたが?」
おじいさんは先ほどまでの渋い表情が一転、驚きで目を丸めた。
「頼りなく見えるかもしれませんが、どうにか解決できるように手を考えます。それが、冒険者の務めですから」
「おお、ありがとう……ありがとうございます……」
震える手で俺の手を握るおじいさん。
アステルをやめ、ランキングだのポイントだのに縛られなくなったんだ。
俺の力では、大した力になれないかもしれない。
それでも、俺は見捨てられた人々のための冒険者になろうと、今ここで心に誓った。
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