18 待て、オズ・モーロック!
町の出入り口になっているのは、街道へと続く南側だ。他にも町から出るルートはいくつかあるが、きちんとした道が通っているのはそこだけ。
地元の人間でもなければ、わざわざ別の出口を使うことはない。リーデの言う通り、そういったルートで町を出る方が目立つ行動だと思えた。
南側の出口に着くと、付近の露店を見るふりをしつつ、町から出て行く人間のステータスを調べた。
さすがに無関係な人間のステータスを調べるのは倫理的に褒められる行為ではないが、今回は名前だけ確認すればいい。
一人一人の確認に時間も割かなくて済むので、気分的にも労力的にも楽に済んだ。
「ここがあんまり大きな町じゃなくて助かったね」
「ああ、人の出入りはあんまりないからな」
この町から出て行くのは、数分に一人ぐらいのペースだ。俺一人でステータスを調べていても、十分足りる。
調べ始めてから一時間ほどが過ぎただろうか。二十人近くのステータスを覗いたが、未だオズの名前が表示されることはなかった。
「ねえ、ウィンくん」
「ん?」
「あの人なんだけど……」
俺がステータスを見ていると、ミスラが袖を引いてくる。
ミスラがこっそりと指し示す方向には、確かに少し違和感を覚える光景があった。
「お前たち」
その時、背後から声をかけられ、俺もミスラもビクッと振り返る。
俺たちの後ろに立っていたのは、リーデだった。
「リーデちゃんかぁ、驚かさないでよ」
「ちゃ……!?」
気配を消す術に長けているのだろう。俺もミスラも、彼女が近づいてきたことに一切気が付かなかった。
「四人とも町にいたか?」
「三人はな。だが、もう一人は」
リーデが視線で知らせる先に、一人の男。旅装束に身を包み、出口に向かって歩いてきている。
「あいつがオズなの?」
「このタイミングで遠出の装い。可能性は高い」
「あっ」
俺が開いているステータスウィンドに、オズの名前が表示される。俺は思わず声を上げてしまった。
「やっぱりあいつがオズだったか」
「いや待て」
「どうした?」
はやるリーデを止めると、不機嫌な声が帰ってくる。
「このステータスはあいつのじゃない」
「なんだって?」
「その前を歩いている、あの女の人のだ」
そう、俺が開いていたのは、リーデが来る前に開こうとしていた女の物だった。
先ほどミスラが指し示した先には、一人の女性が歩いていた。
見た目は普通の中年女性。怪しいところなど無かった。
だが、女性にしてはやたらと大股で歩いている。もちろんそうやって歩く女の人も中に入るだろうが、スカートや女物の靴にも慣れていないような歩き方には違和感を覚えた。
そこでステータスを開いたタイミングで、リーデに呼び止められたのだ。
「女? まさか」
「いや、間違いない」
俺だってああまで見事に女になれるなんて信じられない。
しかし、ステータスウィンドの名前欄には、確かにオズ・モーロックの文字が表示されていた。
「男を女に変えるとは、どれだけの魔導技術を持った奴の仕業だ……? いや、今は関係ないか」
ステータス表示を確認したリーデは、女の前に飛び出した。
「待て、オズ・モーロック!」
リーデが肩に手をかけると、オズである女がびくりと足を止める。
「な、なんでしょう?」
女は引きつった顔でリーデの顔を見上げる。見た目だけではなく、声まで女性その物だ。
「とぼけるな、オズ・モーロック。私が誰か分からないとは言わせないぞ」
「あの、誰かと間違えてはいませんか?」
「とぼけるなと言っている!」
リーデが女の襟首を掴む。オズだとしても、少しやりすぎじゃないか?
「く、苦しいです」
「おい、やめてやれよ」
「何があったかわかんねえけどよ、落ち着いて話し合えって」
女が苦悶の表情を浮かべる。その様子に、通行人や露店の商人も集まってきてしまう。
「私はマンドラキシンを持っている。そいつを使って尋問してやってもいいんだぞ」
「っ!?」
リーデが耳元でそう囁くと、女の顔が一瞬で青ざめた。
「なぜ【灰の書】でしか作られていないマンドラキシンを知っている?」
「ちいっ!」
瞬間、女とリーデの間に稲妻が走る。
「くっ」
その衝撃で、リーデは女を離してしまった。
「なんで俺だってわかったんだ、くそ!」
女、いやオズはとうとう本性を現した。
醜く顔をゆがめると、服から小瓶を取り出して地面に叩きつける。
パリンと音を立て小瓶が割れると、辺りに煙が立ち込めた。
「しまっ、待て! オズ!」
至近距離で煙に巻かれたリーデはオズの姿を見失ってしまった。だが、離れて見ていた俺たちは、逃げ去るオズの姿をしっかりと捉えていた。
「リーデ! 果物屋の路地だ!」
俺はそれだけ叫ぶと、ミスラとともにオズを追いかける。
オズはスカートをまくり上げ、大股で走る。中身が男と分かっていても、はしたない恰好だ。
しかし、女の体とは思えないほど早い。身体能力向上の魔法を使っているのか?
俺たちはオズを追いながら、狭く薄暗い路地を走り回った。
「リーデはまだしも、お前ら何なんだよ!」
全力疾走で追いすがる俺たちに、オズは苦々しそうに言葉を投げる。
「トビーくんの友達から依頼されたの! トビーくんを元に戻しなさい!」
「トビー? あのガキから足がついたってのか!? にしたって、この姿まで……ちくしょうめっ!」
女に化けているとは【ウィザード】のリーデですら思いもしなかったのだ。その変装がばれたなんて、【なんでもステータスオープン】のことを知らないオズは、わけが分からないだろう。
走りながらも狼狽が見て取れる。
「はぁ、はぁ、やっぱりこの体じゃ動きづらいな……」
息の上がってきたオズは、路地の途中で足を止めた。俺たちも少し離れて足を止める。
「体を動かすってのは、俺の専門じゃねえし……」
オズはそう言って、俺たちに向き直った。
「依頼だか何だか知らないが、首を突っ込みすぎたな若造共が」
オズの雰囲気が一瞬で変わる。戦闘モードに入ったと言ったところか。
「何も難しい話でもないんだ。お前たちとリーデを消しちまえば、また顔を変えて元通りの生活……なあ?」
相手は追放されたとはいえ、【ウィザード】の称号を持っていた奴だ。魔法に関しては、そこらの魔術師なんかよりも数段格上だろう。
強力な魔力に加え、知性も持ち合わせている。戦って捕まえるには、あのキメラ以上に厄介な相手になりそうだ。
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