01 ウィン、お前はクビだ
酒場の一角。衝立で仕切られた長方形のテーブル。その周りに置かれた椅子に、俺たちは腰かけていた。
テーブルの上には酒と食べ物が並んでいたが、まだ誰も手を付けていない。
「俺は思うんだけどよ」
上座の男、ザンギルが唐突にどっかとテーブルの上に足を乗せる。
そしてその姿勢のまま、黒い長髪を揺らしながら持ち前の厳しい目つきで卓を見回した。
「俺たちも、もう一段上のステージに行く時期じゃねえか?」
「ですよねぇ。俺もちょうどそう思ってました」
ザンギルの右に座るサネルが、甲高い声で同調する。
サネルはいつもこの調子でザンギルのご機嫌を取っているやつだ。
「そこでだ……おい、入ってきな」
ザンギルがそう言うと、衝立の陰から一人の男が現れた。
「どうもー」
軽薄そうな男が、見た目通り軽い挨拶をする。
「そいつは?」
俺をはじめ、ここにいる皆が思っていたことをサネルが代弁した。
「こいつはライアット、新しい人間団員だ」
なぜザンギルが、団員の前にわざわざ「人間」と付けたかというと、それは彼が神だからだ。
神のような振る舞いをするとか、神に匹敵する力を持っているとか、そういった揶揄や比喩の類ではなく、本当に神と呼ばれる存在なのだ。
神は本来、天空に浮かぶ島に住んでいる。だが、ある程度の年齢になると地上に降りて冒険者を束ねる。その神が束ねるパーティーは、人間たちだけのパーティーと区別して【アステル】と呼ばれていた。
そしてザンギルは、このアステル【月下の白刃団】のリーダーにして神なのだ。
「新しい、ですか。ははぁ……」
いきなりのメンバー追加に、皆困惑する。
「でまあ、こいつを団員に追加するにあたって、やらなきゃいけないことがある」
「やらなきゃいけないこと……? ……ああ、ですよねぇ」
ザンギルの言葉の意味を察したサネルが、意地の悪い笑みを浮かべた。
「お前らも頑張っているとは思うんだが……それでも、役立たずの卑怯者がこのアステルにいる」
テーブルにはザンギルを除き、男女合わせて八人の人間が席に付いているが、ザンギルの一言でほとんどの人間の視線が俺に向いた。
「ひひ、やっぱりみんな、そう思ってるみたいですね」
その様子に満足したのか、サネルがザンギルへと擦り寄る。
当の俺としては、以前から何かと嫌味を言われていたので、薄々はこうなると思っていた。
「お前の固有スキルは何だ」
「【他者のステータスオープン】……」
固有スキルとは、人間が生まれ持つ才能のような物だ。
俺はこの能力で他者のステータスを見ることができる。見れるとは言っても、腕力や魔力等の大まかな能力値だけではあるが。
「で、俺の加護はなんだ?」
「斬撃強化……」
ザンギルは神であるが、神は地上に降りる際にほとんどの力を封じられる。直接的な戦闘力は、人間よりも少し強い程度だ。
しかし、アステルの団員はリーダーの神と契約を結ぶことで、それぞれが司る加護を得ることができるのだ。
ザンギルは刃物を司る神。加護を受けることにより、剣やナイフ、斧や槍と言った刃の付いている武器の攻撃力を高め、斬撃系のスキルの威力を増幅する。
つまり、物理系アタッカーにしてみると、非常に有効な加護なのである。
反して俺の固有スキルのように刃物と関係ない能力では、加護が無駄になってしまう。
「それでライアット。お前の固有スキルはなんだ?」
「俺のっすか。【剣豪】っすね」
その言葉に、卓がどよめく。【剣豪】は持っているだけで上級剣術スキルに匹敵し、斬撃系のスキルに威力ボーナスが付く。ザンギルの加護と相性のいい剣士系のスキルの中でも、強スキルに分類される。
「それに対してお前だ。俺の加護が無駄になってるのも腹立たしいが、それより許せねえのはお前のスキルが俺たちの役に立ってないってことだ」
「俺だってスキルを使って、敵の強さについてアドバイスはしてきたはずだ」
さっきも言ったが、大まかな能力値が分かる程度のスキルではある。それでも彼我戦力差を探るのには十分な能力だと思っているし、それを元にアドバイスはしてきた。
「あの敵は俺たちじゃ荷が重い、この仕事は辞めるべきだ……これ以外に、お前がしたアドバイスがあるのか?」
「ないですねえ」
「まじっすか。役立たねえっすね」
サネルの追従に、他の連中もうんうんと頷く。しかも、さっき加入が決まったばかりのライアットまで半笑いだ。
しかしそれは、実績欲しさに俺たちのレベルじゃ荷の重い仕事ばかりをザンギルが請け負うから、それしかアドバイスが送れないんだ。
「お前がそう言って辞めるように言ってきた仕事も、全部成功しただろう」
「まったくその通り」
「それは、周りの被害もお構いなしの作戦を実行したからで。さっきの討伐依頼も近くの村を囮に使うとか言って、魔物をおびき寄せたから」
「それがどうした? 結果として、被害もほとんど出てないだろ。今日だって、その前からだってよぉ」
「だからそれは」
「それにお前、今日の討伐の時、戦闘にも参加しないで何をしてたんだよ」
「俺は村の人達を……」
「なんすかパイセン、ほんとに卑怯者っすね」
「よく言った新人!」
「ぎゃはは!」
俺の言葉はライオットの一言と、その後に続いたバカ笑いでかき消されてしまった。
最後まで言わせてもらえなかったが、お前たちが魔物を近くの村におびき寄せたから、俺が村人を避難させてたんだ。そうしなかったら、もっと被害が出ていた。
「そう、こいつは戦闘に参加しない、臆病で卑怯者なんだよ!」
「ぎひゃひゃひゃひゃぁ!」
物理アタッカーの多い【月下の白刃団】の中でも、武闘派として鳴らすガストンが俺を指さすと、一段と大きな笑い声が上がった。
「お前もわかってるとは思うがよ、神がアステル内で加護を与えられる人間は八人までだ」
そんな団員たちとは対照的に、静かな声でザンギルが言う。
「……」
「あれあれあれぇ。今ちょうど八人だな?」
「ひゃははっ!」
「これじゃあ、一人あまるな!」
「ぎゃはははは!」
サネルが大げさに言う。もちろん、その後にはバカ笑いだ。
「はっきり言うが、お前をこのアステルに誘ったのは、俺が地上に降りたばかりではやく人数を埋めたかったからだ」
「……」
人数合わせ。
自分でも、固有スキルが戦闘で役に立てるスキルだとは思ってなかった。それでも、このアステルのため、仲間のためにと率先して雑用もやって来た。
俺が戦闘に巻き込まれる人間たちを避難させていたのだって、もちろん人助けのためではあったが、【月下の白刃団】の評判を落とさないためって理由もあったんだ
でも、そうはっきり言われると、今までの俺の努力が何だったのか分からなくなる。
「今はもう、メンバーは八人埋まった。じゃあ、新しいメンバーを入れるにはどうしたらいいか分かるよな」
「ああ……」
「ウィン、お前はクビだ。今日限りで俺のアステルから出て行け」
「……」
言い分の一つも言わせてもらえない。もし、言ったところでまともに聞いてはくれないだろう。
俺を追い出して、金髪の新人を入れる。これはザンギルにとって、すでに決定事項なのだ。
俺は黙って席を立つ。
「ぎゃはは、じゃあな役立たず」
「俺のためにサーセン、パイセン。いや、元パイセン! ひゃははぁ!」
「ひぃっひっひっひ!」
背中に笑い声を浴びながら、俺は酒場を後にする。
こうして俺は、一人になった。
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