淡い恋とメンタルヘルス
勇気を持って投稿してみました
恋の参考や、無理しない生き方
メンタルヘルスの参考になれば
いいと思います
僕は現在、バツイチである、元妻と出会ったのは
30歳目前の夏であった
女はだいたい結婚したり
男もちらほら結婚かな…。
周りの遊び友達は独身を楽しんでる
自分も就職氷河期で新卒を逃して、誇れる職でもなく
適当に飲んで毎日適当に働き、それが一番楽だった
俺に何も壁を作らない年上の先輩の紹介で彼女と知り合った
僕はこのときは精神的な病気はなかった
ただ、女性には寡黙な男性は嫌う人多いだろうと思う
先輩の運転する車で僕は助手席、彼女と彼女の友達は後ろ
たいして盛り上げる訳でもない、安いファミレスで好きなもの
遠慮なく頼んだ、僕もこの時イマイチテンションは高くない
謎な出会い…。面白くない人で終わるのが大半であろう
車で夜景を見てsnsで友達になった
彼女はsnsが好きで自分も結構好きな方だった
9月には誕生日メッセージを頂き、彼女が誕生日プレゼントを
ドキドキしながら渡してくれた、その後焼き鳥を食べて何気ない
会話をした、付き合った人はいない、素人童貞みたいなレベル
学生時代や、職場にはかわいい人はもちろんいた
手を出す勇気とかはなかった…。
好意を寄せてくれた人はなぜかいたが、匿名である、イマイチパッとしない
タイプなんだろう、なぜか一歩踏み出せない自分であった
彼女は墓参りに行きたいらしく、墓参りに連れて行った
昼もパン一つで、線香を買い、おじいちゃんの墓へ行った
彼女は家庭が複雑でシングルマザーで育っていた、車もないので
なかなか機会がなかったのだろう
そして、遊園地に行く約束をした
付き合うことになった、絶叫は苦手な自分とは反対で楽しんでた
付き合う記念日になった、手を繋ぐのも自分はぎこちなかった
それから、毎日彼女の家に行った、僕がスマホゲームしているのが
嫌いなようで、変な奥義を勝手に出されたり、彼女と喧嘩して、彼女が
プチ家出をしたり、新年には書き初めをしたり、そうしている間
に札幌の雪まつり季節、彼女は妊娠していた
僕は彼女の後押しを頑張った、仕事も正社員で働く意欲も出てきて
夏には運送業の正社員になれた、まったくの見習いなのだが、
子どもも産まれるということで、雇ってもらえた
彼女は持病もあり、妊娠で栄養管理して、仕事終わりは病院にも行った
しかし、正社員は厳しくトラックは生半可な気持ちでは運転できず
ミス続き、1ヶ月で行けなくなった、家族も正社員を喜んで、彼女も喜んでいた
はずなのに…。
彼女は病院で無事に帝王切開で出産した、新居の団地に引っ越しして
子育てなのだが、新居に行ってからの記憶がまるですっぽ抜けている
精神は子育てどころではなく、寝るこ
ともできず、3日は寝てないだろうか…。
夜中に母からの電話…。
あんた、仕事もしない、ろくでなし、子育てなんて無理だね
…。
僕の頭はオーバーヒートしてしまい
何を行ったのかわからないけど
その後、俺だって頑張っているといい
体の自由が奪われた、ロボットと同じでオーバーヒートすると
休止状態になる状態
その時彼女は育児を彼女の母に任せて、僕の手を強く握った
この手を離すといなくなってしまう気がした
僕の父親も駆けつけて、精神病院を探して、落ち着かせた、涙と叫び
が僕を覆いつくした、子どもが産まれて10日後であった
朝方、父の運転で精神病院へ直行した
僕はまともに歩けず、排泄もロクに出来なかった
カウンセラーとの話で、僕は精神病で死にかけた弟みたく
なりたくないと言い泣いた、主治医の先生と話
涙が止まらず、頭はサイレンの音が鳴り止まずに
弟みたくなりたくないといい、椅子から反転
して倒れた、まともな状態ではなく
脳の検査をして、即日入院となった
まともに歩けない、食事もまともに、取れないなか
注射を何度も打ち、少しずつ回復した
タバコも吸えた、そこで流れる時間は
ゆっくりで、焦って生きる必要はないと悟った
シケモクを頂くおじいさんの隣で
お菓子や飯も沢山たべ、いろいろな人との交流や
軽い軽作業で彼女と息子のネーム入り革細工のキーホルダーをつくった
彼女も抱っこひもで小さい息子を背負って短時間のお見舞いにきた
家族も僕を心配して、見舞いに来てくれた
メンタルの弱さを熟知してくれていた
僕の病気を説明してもらっていたのだろう
ひと月の入院が終わり
実家でひと月、団地の往来が続いた、自分も生活保護を受け、彼女とも
籍を入れた
自分の車も捨てた、病状も安定だった
ちょっと抜けている僕と嫁
生活は楽しめていた
抱っこひもがうまくいかない僕と息子を保育園に
彼女がパートで働いた
僕も半年休んでパートで働いた、月1の通院と
彼女を遠くに連れていくこともできなかったけど
小さな幸せを噛み締めた
その後、派遣で少しは稼げる位まで回復していた
2人目も産まれた
最初、仕事はまともだったが、9ヶ月目過ぎあたりで
仕事量での不満が派遣先から
提言があり、病状をいい退職した
団地に戻ると、夫婦の関係が崩れた
少額の借金の事実を知った…。
僕には何の説明もなかった
それから離婚を協議した
僕も駄目、彼女も隠し事をしていた
5年の生活
二人の息子を両手で抱きながら泣いていた
僕の範疇ではなかった
2人とも反省し
今は別々の道を生きている
その時の愛は本当だった…。
過ぎ去った物語でも
ちょっと不快に感じる人も
いるかもしれません、命の
大切さを感じれればと思います
何が起こるかわからないのが人生です
コロナを乗り切りましょう




