#53
「ああ、そうだよ。後藤里琴。知っているの?」
「うん・・・友達だよ!」
「そ、そうか。それは良かった!」
女の子の笑顔に、俺はほっと息をついた。里琴には友だちが少ないと勝手に思い込んでいたが、なんだ、素敵なお召し物を着ている友達がいるんじゃないか。
「もしかして、体操着を届けにきたの?」
「そうなんだよ。1時間目が体育だというのに、忘れてしまって」
「ふーん」
女の子はちょっと俯いた。うん?と思ったのは、その唇の端が少し釣り上がったような気がしたからだ。だが、それは気のせいだったかもしれない。女の子はすぐに顔をあげ、満面の笑みを浮かべていた。
「優しいんだね!いいお父さんだ!」
「ま、まあね・・・」
「それ、教室まで届けてあげるんでしょう?教室まで案内してあげる」
女の子は勝手知ったるという感じで、つかつかと校舎に向かって歩を進めた。俺は早足で並び「ちょっと待ってくれ」と呼び止めた。
「なに?早く届けないと間に合わないよ」
「俺が行くと、変じゃないか?誰か、先生に託したほうが」
忘れ物を親が届けにきただけでも恥ずかしいのに、父親(と思われる男)が現れたら。きっと、里琴はクラスメイトたちの好奇の視線にさらされてしまうだろう。それだけは回避しなければならない。
だが、女の子は足を止めなかった。それどころか、駆け足になった。
「ダメダメ。だいたい先生に渡してたら間に合わないよ!もう授業始まりそうなんだよ」
「じゃあ、君が届けてくれればいい」
「ダメ」
「どうして」
俺と女の子はそのうちに校舎に入っていた。女の子はさっさと上履きに履き替え、階段を上がっていく。
「そういうのはお父さんが届けないと」
「里琴が恥ずかしがるだろ」
「・・・」
女の子は踊り場で一瞬足を止め、俺の顔を見上げた。急に止まったので、ランドセルにぶつかりそうになる。
「ふーん」
「え」
「里琴ちゃんが大事?」
「・・・そりゃ、まあ」
「ふーん」
女の子は俺の顔を値踏みするようにじっと見た。と思うとくるりと正面を向き、リズム良く階段を駆け上がっていった。慌てて追いかける。
階段を上りきると、女の子は軽やかに廊下を駆けていく。何人か、体操服を着た男の子たちとすれ違った。もしかしたら、里琴のクラスの生徒かもしれない。
女の子は、廊下の一番奥に位置する教室の前で立ち止まった。
「ここだよ」
プレートを見上げると、たしかに4−2と書いてある。ただ、横に開く式の扉はぴったりと閉ざされており、まるで現世と異界を分けるかのように俺を威圧していた。俺の出番はここまでにして、あとはこの女の子に託せば――
「さあ、入って!」
「ちょっ、え!?」
尻込みする俺に容赦せず、女の子は扉を開け、勢いよく俺の背中を突いた。




