#51
学校までの道のりは頭に入っていた。この前の変態騒動のおかげだ。あの時、俺は通学路を覚えたのだ。まったく人生なにが役に立つか分からない。
体操着袋だけを持ち、俺は走った。すれ違う大人たちが目を向けてきた。小学生は誰も歩いていない。当たり前だ。この時間にまだ通学路にいるということは、それ即ち遅刻なのだから。俺はその事実を悟り、できうる限り足の回転を早めた。
家から学校へ行くまでは、路地のような細道も多い。なにもバカ正直に通学路を走る理由はない。大人の知恵を使えばいいのだ。俺は絶対に通学路とは指定されないような薄暗い細道を走り抜け、やや大きめの通りに出ようとした。ここまで来れば、学校まであとほんの少しだ。
「!!」
突然ブレーキ音が響いた。俺は尻もちをついた。目の前には黒塗りの車が止まっていた。車は左から来ていたようだ。まったく気がついていなかった。すんでのところで轢かれるのを免れた。
運転席のドアが開き、慌ただしく男が降りてきた。白い手袋をしているということは、おそらく運転手なのだろう。かわいそうなぐらいに狼狽している。
「申し訳ございません。お怪我は・・・」
「いや。ちょっとびっくりして、尻もちをついただけで」
「病院などは」
「それには及びません」
俺は立ち上がって砂ぼこりを払った。車に接触しなかったのは幸いだった。なにせ俺には、この体操着を届けるというミッションがあるのだから。警察を呼んだり、病院に行っていたりでは到底間に合わない。俺は体操着袋を身体に押しつけるように握り直した。
「なにかあれば、ご連絡を」
運転手は名刺を差し出していた。こういうことをしておかなければ、後々かえって面倒なこともあるのだろう。俺は受け取りを丁重に辞退した。
「本当に大丈夫です。運転手さんもお気をつけて」
去り際に後部座席に目をやった。ガラスにはスモークが貼られており、どんな人物が乗っているのかは分からない。きっと大企業のお偉いさんがふんぞり返っているのだろう。運転手と俺のやり取りなど、気にもしていないに違いない。
(・・・ん?)
窓ガラス越しに、ちらりと赤いものが見えたような気がした。ネクタイだろうか。いや、もっと大きいもののようだった。
(あのぐらいの大きさ・・・赤・・・どこかで見たような・・・)
ふたたび走り出しながら俺はしばらく考えたが、結局モヤモヤしたまま分からずじまいだった。




