#50
そこで目が覚めた。
この季節だというのに、寝汗をかいていた。まったく、なんという夢だ。
今は何時ぐらいだろう。いずれにせよ二度寝はできない。目を閉じると、また夢の続きが始まってしまいそうだから。シャツをめくり上げる里琴の続きが。
「・・・里琴?」
ベッドには里琴の姿はなかった。先に起きたのだろうか。そういえばカーテンの隙間から差す光が、いつもより強い。もしや。時計を見ると、案の定8時を過ぎていた。寝坊だ。
俺は慌ててベッドを降り、リビングへの扉を開けた。
「わ!起きたの?」
里琴はリビングにいた。着替えの真っ最中だったようで、まさにパジャマをめくり上げて脱ごうとしているところだった。まるで、さっきの夢のように。
「あ・・・すまん」
「おはよう。なんか目覚ましが鳴らなかったみたい!」
里琴は後ろを向くと、そのままパジャマを脱いでいく。細い背中が露わになり、俺は思わず目を反らした。同居初期よりも恥じらいというか、遠慮がなくなっていっている気がする。授業参観どころか、いつ家で「お父さんに見てもらいましょう」が発生するとも限らない。
「寝てるみたいだったから、起こさなかったよ」
「ああ・・・」
「なんか、寝顔がニヤニヤしてたけど。なんの夢を見ていたの?」
「・・・忘れた」
「ふうん。今日は朝ごはん食べないで学校に行くね」
里琴はてきぱきと着替えを終えると、ランドセルを背負った。
そういえば今日は集団でダンスをする課題があるとかで、昨日は熱心に練習をしていた。
「忘れ物はないか?」
「大丈夫!行ってきます」
慌ただしく靴を履き、里琴は駆け足で出ていった。この時間に出れば、何とか遅刻は避けられるだろう。
俺は里琴の時間割表のコピーを確認した。1時間目は体育と書いてある。おそらく、それがダンスの授業なのだろう。
「なるほど、1時間目は体育か」
この寒い中の体育は大変だろう。いや、この季節は体育館で授業を行うものなのだろうか。俺の頃はどうだっただろう。遥か昔すぎて思い出せない。かろうじて思い出せるのは、体操着に着替えるのが寒くて辛かったことだ。
今の子どもたちも、着替えのときの寒さに苦労しているのだろうか。いや、今の御時世、空調が効いているのかもしれない。俺は机の上に置いてある体操着袋を見ながら、ぼんやりとそんなことを思った。
里琴を送り出して気が抜けたのか、頭がぼうっとしている。もう一眠りするとするか・・・。
「・・・!」
俺はあることに気が付き、現実世界に引き戻された。俺が見ているのは、まさに体操着袋だ。中には体操着も入っている。1時間目に体育がある以上は、ここにあってはいけないものだった。
だから忘れ物はないかと確認したのに。言わんこっちゃない。
「・・・ま、俺の責任じゃないか」
俺は声に出して呟き、ソファに腰を下ろした。そう、俺はちゃんと注意した。責任は果たしているのだ。
やはり二度寝することにしよう。ごろりとソファに寝転がる。
「・・・」
眠れない。頭の片隅では計算が始まっている。着替えに3分。家を出て学校まで、ダッシュで7分。計10分。
俺は薄目を開けて時計を見た。時刻は8時15分を回ろうとしている。始業時刻が8時30分。
間に合う。
いやいや、待て。だいたい、学校までたどり着いたとして、どうやって教室まで届ければ良いというのだ。校門をくぐった時点で不審者ではないか。保護者だと主張したところで、それをどう証明する?
俺は目を閉じた。また薄目で時計を確認する。17分。まぶたがピクピクしてしまう。
ええい、鬱陶しい!
俺は跳ねるように起き、1分で着替えを終え、つむじ風のように家を出た。




