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気がついたらJS4の保護者になってました。  作者: 軽羽春
たまちゃんと里琴
36/56

#36 夜道②

「「里琴ちゃんがテレビに出ていた」っていう話は、クラスのみんなが知ることになって。知らなかった子も、知ってる子から教えられて。・・・男子の何人かは、「ゲーノージン」って囃し立てたり、里琴ちゃんをからかうようなことを言って」

「・・・なるほど」


 自分の小学生時代を思い起こすと、いかにもありそうな話だ。あの年頃の男子は、女子が想像するよりも、遥かにバカなのだ。


「でも、里琴ちゃんは別に怒るわけでもなく、普通に受け流していて。私はそこが里琴ちゃんのいいところだって思うんです。カッコ良くって、オトナで。そうしているうちに、男子は飽きたのか、からかったりするのは止まったんです。でも・・・」

「でも?」

「今度はクラスの女の子が」


 たまちゃんはそこで一度話を切った。息を大きく吸い込んで話を始める様は、これから彼女が始める話の重さを物語っていた。


「女の子たちは・・・、きっと「自分たちとは違う世界に住む子が来た」という受け止め方をしていたんだと思います。私も最初はそうでした。里琴ちゃんが隣に座って、話しかけてくれて、仲良くなるまでは」

「・・・」

「実際の里琴ちゃんは、違う世界に住んでいるようなことは全然なくて、とても話しやすかったのに。でも、なんだか女の子の間では、里琴ちゃんに話しかけないでおこう、というムードになって。里琴ちゃんが、男の子たちのからかいを受け流しているのも、余計に反感を買ったみたいで」


 お高く止まっていると思われたのだろう。これも小学生には、いや、大人の世界でもよくある話だ。


「そのうちに、誰かが、里琴ちゃんはいつも同じ服を着ているって言い出して。体操着のゼッケンなんかもほつれたままで、おかしいって。こんなの、芸能人じゃないって」

「・・・」

「また別の誰かが、家を突き止めようって。それで、放課後にみんなで里琴ちゃんのあとを付けて」

「家に行ったのか」

「はい・・・」


 里琴の家。俺が一昨日に訪ねた、今にも壊れそうなアパートだ。同級生たちがどう思ったかは、火を見るよりも明らかだ。


「芸能人があんなところに住むわけがない。よく考えると、里琴ちゃんはあのドラマ以来、ぜんぜんテレビにも出ていない。転校してきたのは、きっと、事件があったからなんだって」

「事件・・・?」

「里琴ちゃんのお父さんが浮気して、お母さんが刺し殺して、刑務所に入れられたって」

「・・・」

「ドラマのときと名前が変わっているのは、そのせいだって」


 想像を上回る酷い話だった。子どもは時に大人以上に残酷で、容赦がない。


「あの子たちにとって、それは本当かどうかはどうでも良くて。ただ、面白おかしく噂をしてるだけなんです」


 そこまで言って、たまちゃんは立ち止まった。


「でも、一番ずるいのは、・・・私です」

「たまちゃんが・・・?」


 たまちゃんはこくりと頷いた。


「私は、その子たちを止めることもできず、ただ黙って見ているだけでした。クラスで仲間外れにされることが怖くて」

「・・・」

「だから、本当は里琴ちゃんに謝りたくて。ごめんなさい、って」


 たまちゃんは泣き出していた。俺はたまちゃんの肩に手を置いた。


「今まで、いろいろ悩んでいたんだね。勇気をもって話してくれて、ありがとう」

「・・・」

「でもね。それはたまちゃんが背負うことじゃない」


 俺はしゃがみこんで、たまちゃんと視線を合わせた。


「それはね、里琴が乗り越えていくことで、むしろ、里琴しか解決できない問題なんだ。だから、たまちゃんが責任を負うことじゃない」

「・・・」

「たまちゃんが同じ立場になったとしても、それは里琴や、他の人が責任を持つことじゃない。やはりたまちゃんが自分で乗り換えていかないといけないことなんだ。それは、人間が生きていく以上は、必ず直面することだ」

「・・・」

「俺は、里琴はそんな卑怯なイジメに屈するようなタマではないと思っている。ただ、里琴が本当に困ったら・・・あの子は、その時は助けを求めてくると思う。そうなったら、手を差し伸べてあげて欲しい」

「はい」


 俺は商業施設での里琴を思い出していた。俺を巻き込むことを良しとせず、自力でバスに帰ったあの子であれば、きっとそうすると思った。

 たまちゃんはメガネを外し、ハンカチで涙を拭いた。そして、意外なことを口にした


「私も、里琴ちゃんのお父さんみたいなお父さんが欲しかったな」

「そ、そうか」

「うち、お父さんいないんです」


 たまちゃんは笑顔だった。そういう家庭環境から来る無用なコンプレックスは、とうに吹っ切っているようだ。この子も何かを乗り越えてここに立っているのだろう。


「だから、里琴ちゃんが羨ましくて。仲が良くていいなって」

「そう見えるかい」

「お父さんのこと、里琴ちゃんは大好きみたいです。今日も家庭科の先生に、一生懸命聞いてました」

「家庭科の先生に?何を?」

「目玉焼きの作り方です」


 ああ・・・と思った。そうか、里琴が作ろうとしていたのは。


「堅焼きの目玉焼きを作るためには、何分間火を入れればいいのかって」


 気がつくと、雨は完全に上がっていた。


「まるで・・・、本当のお父さんみたいですね」

「・・・知っていたのか」

「最初に見たときから、すぐわかりました」

「・・・」

「今日は里琴ちゃんの後を付けたんです。前の家と違うマンションに入っていって、警察に通報しようかなと思って」


 冷静な声でたまちゃんは恐ろしいことを言う。


「でも、会ってみて安心しました。通報する必要はなかったです」

「・・・それは良かった」

「ひとつお願いがあります」

「お願い?」

「これからも、遊びに行っていいですか?」

「・・・もちろん。歓迎する」

「ありがとうございます」


 たまちゃんは少しもじもじした様子だった。


「あと、その、私にはお父さんがいないから・・・」

「?」

「今日の里琴ちゃんに接するような感じで、私にも接して欲しいんです。そう、お父さんみたいに」

「お父さんみたいに・・・」


 たまちゃんは目をキラキラさせて言ったが、俺にはそれが皆目イメージできなかった。途方もなく遠い世界のように思えた。


「難しく考えないでください。ただ普通に、今日みたいな感じで。・・・あ、ここが私の家なんで。今日はありがとうございました」

「ああ、こちらこそ」


 たまちゃんは手を振って、マンションに入っていった。里琴のアパートよりはマシなマンションだが、ワンルームに近いマンションのようだった。


 お父さん、か。

 たまちゃんの小さな背中を見送り、ぼんやりと考えた。慣用された言葉に自分を重ねようとしても、漠然としたイメージすら沸かなかった。

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