#33 お風呂②
俺はPCに向かい、ノイズキャンセリングヘッドホンをつけた。先日にソニーが発売したもので、密閉性が高く外部の音をほぼ遮断してくれる。集中を高めるためにはうってつけだ。
橘くんから貰ったアイドルのCDを再生した。ちょうど里琴と同じぐらいの年齢の子も混じっているようで、ときおり舌っ足らずなソロが聞こえてくる。主に名古屋で活動しているグループだそうで、橘くんは暇を見つけては当地まで出かけ、ライブで声を張り上げているらしい。交通費や移動時間を考えると、まったくご苦労なことだ。ちなみに橘くんの「推し」は、当然そのグループで最年少の子である。
このCDは、その子たちがリリースした最初のCDらしい。なんでも買えば買うほど良い特典がついてくるらしく、橘くんは最終的には「ミステリーツアー」なるバスツアーにも参加できたらしい。「アイドルの数より参加者が少ないんですよ!激アツですよ激アツ!」という言葉を聞いて、俺はそのアイドルグループの行末が心配になったものだ。
とはいえ曲調はアップテンポであり、なかなかの良曲に思えた。俺はリズムに合わせるようにキーボードを叩いて、原稿の世界に没頭していた。
なので、気が付かなかったのだ。いつの間にか、背後に2人が立っていることに。肩を叩かれ、初めて気がついた。
「・・・ん?って、あ!!」
俺は仰け反った。2人の格好は、バスタオルを巻いただけの姿だったのだ。里琴が口を開けて何かを言っている。俺はヘッドホンを外す。途端に里琴の大きな声が耳に届いた。
「もう!ぜんぜん返事しないから!」
「あ、ああ・・・すまない。音楽を聞いていたから」
里琴は腰に手をあて、ぷんぷんと頬を膨らませた。顎を胸につけ、俺を上目使いで睨んでいる。
「何回も呼んだんだよ。ね?たまちゃん」
「うん」
たまちゃんは里琴の後ろに隠れるように、もじもじとしている。メガネも外し、シャンプーした髪を下ろしたたまちゃんは、お下げ髪の頃と随分イメージが変わった。私服のときよりも、少し大人びたような雰囲気が出ている。バスタオルから出た華奢な肩からは湯気が上っていて、とりあえず身体は十分に温まったようだ。
「で、何の用だったんだ?」
「バスタオルがないから持ってきてって。なんども言ったのに」
「ああ、そうか。悪い悪い」
俺はPCチェアに干していたバスタオルを里琴に渡した。
待てよ。
バスタオルは家に2枚しかなく、一枚は俺のPCチェアに掛けてあった。もう一枚は、普段里琴が使っているもので、今はたまちゃんがつけている。ということは・・・。
俺は里琴のつけているタオルに目を戻した。里琴が巻いているのはバスタオルではなかった。普通のサイズの、いわゆるフェイスタオルだった。それを2枚使い、1枚は顎で挟んで胸に密着させている。さきほどから上目使いになっているのは、俺を睨んでいるわけではなく、タオルが落ちないようにするためだったのだ。
そして2枚目のフェイスタオルは、腰に巻かれていた。よく見ると腰のタオルと胸のタオルには隙間があり、里琴の細い腰が見え隠れしている。即席のセパレート水着ということか。
「・・・!」
俺は目を見開いた。里琴がつけているのはフェイスタオルではなかった。一回り小さいハンドサイズだった。つまり、タオルは腰に巻かれているわけではなく、上から押さえられているだけなのだ。後ろから見ると何も着けていないように見えるに違いない。
俺は目のやり場に困り、バスタオルを放るように里琴に渡した。
「サンキュー。・・・きゃっ!」
里琴がバスタオルに手を伸ばした瞬間、里琴の顎が胸から離れた。胸に貼り付けていたフェイスタオルがはらりと落ちていく。
里琴は慌ててバスタオルを胸に押し付ける。右手で上半身のバスタオル、左手で下半身のハンドタオルで、かろうじて大事な部分をガードする里琴は、まるで異世界でオークに身ぐるみを剥がれた子ども戦士のようであった。
「行こうたまちゃん!」
里琴は小走りに洗面所に戻っていく。
俺はため息をついてPCチェアに背中を預けた。今見た光景を頭から追い出す。まったく、心臓が持ちそうにない。
と、里琴がドアから顔を出し、ふたたび俺を呼んだ。
「何か着るものを持ってきて」
「さっき着てたやつがあるだろ?」
「洗濯機に入れちゃったよ!」
「えぇ・・・」
「だってたまちゃんのお洋服、乾かさないといけないし。乾燥機が終わるまで着られるもの、持ってきておいて」
やれやれ。では洗濯、乾燥が終わるまで、たまちゃんは家にいるということか。保護者が心配しやしないだろうか。俺は適当なトレーナーを手に取り、洗面所に向かった。
「これでいいか?」
「サンキュー!」
里琴は細く開けられたドアの隙間から手を伸ばし、トレーナーを受け取った。今度はばっちりバスタオルでガードしている。俺はホッとした・・・が、その瞬間、鏡越しにたまちゃんが目に入った。たまちゃんはさっきまで身につけていたバスタオルで身体を拭いている真っ最中であった。
バタンと閉じられたドアを前に、俺は今見た光景を、たまちゃんの上気して少し赤くなった身体を、頭から振り払った。
いかん。いかん。これでは本当にヘンタイお父さんになってしまう。




