#32 お風呂
「里琴ちゃん!」
たまちゃんと呼ばれた少女は、里琴に会えて嬉しそうな笑顔を見せた。
「お友達・・・なのか」
隠れていたはずの里琴が出てきてしまったことに、俺は大きく動揺していた。一体、どう行動するのが正解なのだろう。とりあえず、目の前のこの子の反応をみながら、慎重にいかなければ。今のところは、俺を里琴のお父さんと勘違いしているようだが。
「そんなところに突っ立ってないで、上がって!」
「ありがとう。・・・お父さん、お邪魔してもいいですか?」
「あ、ああ・・・」
たまちゃんは俺にお辞儀をして、靴を揃えて家に上がった。ずいぶん礼儀正しい子のようだ。
たまちゃんが歩くたびに、洋服からぽたぽたと水滴が落ちた。
「洋服、ビショビショじゃん!」
「雨に降られちゃって」
「風邪引いちゃうよ!・・・お父さん、バスタオル取って」
「お、おう」
たまちゃんが「お父さん」と呼ぶのを、里琴は耳ざとく気づいたらしい。ここは父娘設定でいくしかない。俺はバスタオルを放って渡した。
里琴はそのバスタオルをたまちゃんにすっぽりとかぶせ、頭を拭いてやっていた。身長は頭半分ほど里琴の方が高いようで、見ようによっては姉妹のように見える。キャラ的にもたまちゃんは妹キャラなのか、里琴に拭かれるがままになっていた。
温かいものでも淹れてやるか。俺はそんな二人の様子を眺めながら台所に入った。すると、にわかに二人の会話の雲行きが怪しくなっていく。
「髪の毛だけじゃなくて、洋服もビショビショだよ」
「すごい雨だったから」
「これ一回脱がないと風邪を引くよ。脱いで!」
「え、でも」
たまちゃんはこちらをチラリと見た。俺はドキリとした。それはそうだ。友達の父親とはいえ、知らない人の前で服を脱ぐなど、できるわけがない。
ところが里琴は何を勘違いしたのか、嬉しそうな表情を浮かべ「いいこと思いついた!」と、手をぽんと叩いた。
「そうだ!ついでにお風呂に入ろうよ!」
「ええ?」
「いいでしょ?お父さん」
里琴はこちらを見た。さすがに止めるタイミングだろう。俺はわざとらしく咳払いをした。こんなとき、父親ならどう言う?なるべく威厳のある言い方で。
「里琴、いい加減にしなさ」
そこまで言ったときだった。浴室から聞き慣れた音楽が流れてきた。そして、女性の機械音声。
「オフロガワキマシタ」
「ちょうど沸いたみたいだね!」
「どうして・・・沸かした覚えはないが」
「ふふふ。さっき、お風呂のスイッチ、入れておいたんだ」
風呂場に隠れていた時か。俺は天を仰いだ。すべてお膳立てが出来てしまっている。里琴はたまちゃんの手を引っ張った。
「入ろう入ろう!風邪引いちゃうから」
「う、うん。・・・あの、お邪魔してもいいですか・・・お風呂」
たまちゃんは丁重に俺の許可を求めた。改めて見ると、たしかに洋服はぐしょぐしょに濡れていて、このままでは風邪を引いてしまうかもしれない。俺はなるべく厳粛な顔をつくって頷いた。
「・・・あまり長湯しないように」
「はい!ありがとうございます!」
「お父さん、覗いちゃダメだよ!」
里琴はドアをバタンと閉めた。中から、二人の会話が聞こえてくる。何とはなしに、会話に耳をそばだてる。
「うちのお父さん、ヘンタイなんだ」
「ええ?ヘンタイ?」
「だから、覗きに来るかもしれないよ」
「ええっ・・・」
「ふふ。冗談だよ。ちょっとヘンタイなだけだから安心して」
「うん・・・」
「ね、お父さん?ちょっとだよね!?」
里琴はドア越しに俺に問いかけた。ふん、勝手にしろ。俺は淹れかけのココアをそのままにして、仕事場に向かった。




