#27 夜③
◇
毛筆体にデコレーションした「ルール」をプリントアウトし、部屋の壁に貼る。なんだか所帯じみたレイアウトになってしまったが、これで平和な生活が守られるのであれば、部屋の外観など安いものだ。
里琴は風呂に入っている。まったく「風呂に一緒に入ること」というルールを提案されなかったのは僥倖であった。さすがに小四の子と一緒に入浴している父親は少数派なのだろうが。
さて。
俺はおもむろに立ち上がり、あるものを手に取った。
洗面所のドアをそっと開けた。浴室からは里琴の鼻歌が聞こえる。最近流行っているアニメの主題歌だった。こぶしを聞かせてサビの部分を歌っている。
こちらに気づいた様子はないようだ。よし。
俺はあるものを置いて、そっとドアを閉めた。断っておくが、盗撮用カメラなどではない。
5分後。洗面所のドア越しに、里琴の声が聞こえた。
「わっ!何これ!」
俺は拳を握り、小さくガッツポーズをした。ドッキリ大成功。
数分後、ドタドタドタと足音がして、ジャンプをするように里琴が現れた。
「じゃーん!」
「・・・うん」
「それだけ?」
「よく似合っている」
「ふふ。ありがとう。買ってくれていたんだね」
俺が洗面所に置いておいたのは、新しいパジャマだった。フードコートに里琴を置いて衣類売り場に戻った時、買っておいたのだ。もちろん、セクシーすぎるネグリジェではなく、里琴が試着し損ねたルームウェア的なタイプの方だ。
「これでよく眠れそう。いや、「眠れそう」じゃないな。宣言するね。よく眠れる!」
「・・・宣言じゃなくて、「断言」かな。あと、もう一つ渡すものがあるんだ」
「え?」
俺は里琴に包装袋を差し出した。
「たまたま、安くなっているのを見つけたんだ。似合うと思うんだが」
「こ、これ!ラブトキじゃん!」
里琴が発したのは、子供向けブランドの名前だった。パジャマを買ったあとに、同じフロアにある店で買っておいたのだ。着回しの良さそうなパーカーを。
そして、これを買った理由は勿論セールで安くなっていたというのもあるが、それ以上に、里琴の同級生たちが発した言葉が大きかった。
(だって洋服とか、いつもビンボーくさいじゃん)
子ども特有のストレートな物言いが、喉に突き刺さる小骨のように気になった。
思い返せば、あの寒い日に着ていたペラペラのジャンパー。洗濯機に無造作に放り込まれた洋服も、洗い方を気にする必要のないような、低価格の品物だったからだろう。
(毎日夜に出歩いて、服ばっかり買って着飾って、家のことは何もせんで)
婆さんの言葉が正しいとすると、収入は里琴の母親の洋服代に消えていたのかもしれない。
「これ、明日着ていくね!」
「そうしてくれ」
そして、クラスメイトに一矢報いてやれば良い。心の中で付け加えた。
俺は新しいパジャマ姿の里琴を写真に撮り、母親宛にメールを送った。気のせいか、昨日の写真よりも、今日のほうが良い笑顔のような気がした。
◇
夜半過ぎ。
宣言していたとおり、新しいパジャマで里琴は良く寝ていた。俺が隣にいようが、一切かまわず深い寝息を立て始めたのだ。俺は緊張に身体を強張らせていたというのに。
そして、俺は今、深い眠りから現実世界に引きずり戻されていた。
原因は里琴だ。里琴の足が、ギロチンドロップのように俺の首元に振り下ろされたのだ。
里琴の足を持ち上げ、壁際に戻す。いくら寝相が悪いと自認していたとはいえ、まさかここまでとは。一体、どんな動きをすれば、隣で寝ている人間にギロチンドロップを食らわせられるというのだ。プロレスラーになった夢でも見ているのだろうか。
俺は祈りながら再び床につく。今度こそ安らかに朝まで寝られますように、と。




