#24 帰宅②
今日の里琴は妙な行動が多かった。行きのバスを途中下車したこともそうだ。あんな場所で間違えて降りるわけがない。では何故、間違えたふりをしてバスを降りたのか。
あの時、里琴が「洗体マッサージ」などと口走ったため、俺たちは周囲の乗客から不審な目を向けられ始めていた。
「俺たちの前に座っていた女性は、特に険しい顔だった」
だから、里琴はバスを降りて未然に回避したのだ。俺が通報されるリスクを。
あの直前に里琴は俺のことを急に「お父さん」と呼び出した。それも、親子であると乗客にアピールするためだったのだ。
俺は気がつくことができなかった。能天気に、里琴が父性を求めているなどと、的はずれな推論をしていた。
「そして、俺たちは食品売り場で食品を買い込んだ。そこまでは何もなかった。問題はそのあとだ。パジャマ売り場にいって、パジャマを試着したとき」
あの時、里琴は上機嫌だった。セクシーすぎるパジャマはともかく、それを着るまでは問題がなかったはずだ。だが、それを脱ぐ時、2着目のパジャマに着替える時に、里琴の態度は急変した。
最初は俺に問題があったのかと思った。セクシーすぎるパジャマを見たときの目つきや顔つき、言動が問題だったのかと。次に、パジャマそのものを疑った。2着目のパジャマに、着たくもなくなるような、里琴の機嫌を損ねるような問題があったのかと。
だが、真相はどちらでもなかった。
「あの時、君は1着目のパジャマをカーテンの隙間から俺に突き出した。その時にカーテンの隙間から見たんだ。クラスの友達を」
着替えを待っている時に目があった、お下げ髪にメガネの女の子。彼女は里琴のクラスメイトだった。その子だけではなく、彼女の友達も来ていることを察したのだろう。あるいはカーテンの隙間から、遠くにその姿を認めたのかもしれない。里琴の家庭環境を知る、派手なグループの姿を。
まずい。里琴はそう思ったはずだ。一番避けなければならないのは、俺と一緒にいるところを見られることだ。だから、まずその場を去ることにした。理由を話している暇はない。だから俺にパジャマを押し付け、姿をくらませた。
どうにかして早く帰ろう、クラスメイトたちに発見される前に逃げたい。しかし帰り道は分からない。お金はない。里琴はあれこれ悩み、アイスクリーム代と称して、俺から金を貰うことを考えた。あとは「気が変わってアイスは食べないことにした」等と理由をつけ、俺が目を離したすきに自分だけバスに向かえば良い。間抜けな俺がネグリジェを持ったまま里琴を探していたおかげで、それも容易く達成できたわけだが。
唯一俺が読み違えたのが、買い物袋の処理だった。てっきり放置したまま帰るのだと思っていたが、持って帰ってくれていたとは。きっと、せめてもの罪ほろぼしのつもりだったのだろう。
「全部、俺をかばうためにやってくれたことは分かっている。だから、ありがとう」
「ごめんなさい。勝手なことをして」
「謝る必要はない。・・・ただ、本当のことを言ってくれれば良かったのに」
「だって、先生に嫌われると思ったから」
「・・・」
「リコがお願いして買い物に来てくれたのに、それなのに。先生と一緒にいるところが見られたくないなんて。先生が、もう一緒に来てくなくなると思ったから。遠くに行っちゃうと思ったから」
「バカだなあ」
「バカって言わないで!」
里琴は泣き笑いで言った。
「でも、それだけじゃない。先生のお仕事、邪魔しちゃったり。リコが邪魔だったでしょ?」
「・・・そう思ったこともある」
俺はあえて正直に答えた。甘い言葉では、向き合うことにならない。
「だが、今は違う」
「・・・」
「受けた恩を返すまでは、ここにいてもらわないとな」
「・・・先生!」
里琴は俺の胸に飛び込んできた。柄にもなく、俺は里琴を自然と抱きとめた。胸が温かさで満たされていく。これが慈愛というものだろうか。
バスで「お父さん」と呼ばれたことを思い出す。もちろん、それは乗客たちの目を逸らすための、いつわりの言葉に過ぎない。
だが、今は確信していた。
この子はたしかに父親を求めているのだ。




