#21 買い物
◇
「うわー、いっぱいある!」
里琴は一階の食品売り場に着くなり、大きな声をあげた。
俺は買い物かごを手に取った。
「これを使おう!」
ガラガラという音を響かせ、里琴はカートを運んできた。見ると、買い物かごが2つも載せられている。
「そんなに買わないぞ」
「分からないじゃん。一応持っていった方がいいよ!」
里琴は言いながらカートの前輪をウイリーのように浮かせる。「こら、危ないだろ」と注意しつつ、これでは本当に父親のようだと内心苦笑する。
「まずはもやしを買おうよ」
「もやし・・・これでいいか?」
俺は適当なものを買い物かごに放り込もうとした。
「ダメだよ!それはオーガニックでしょ。高いじゃん」
「40円ぐらいしか違わないが」
「倍違うじゃん!あとはこれだね」
里琴が手に取ったのは、かいわれ大根をお化けにしたような野菜だった。
「マメナエ?」
「とうみょうだよ、豆苗!」
「ああ、豆苗」
名前は聞いたことがあった。
「この豆苗のすごいところはね、もう一度生えてくるところなんだ」
「??」
「野菜の部分を切ると、豆だけ残るでしょ?それにお水をやると、3日ぐらいでもう一度生えるの。だから、実質半額なんだ」
「なるほど・・・」
主婦のような経済感覚だ。
里琴は白菜などの安く、かさのある野菜をてきぱきと選んでいく。
里琴が唯一「これは少し高いんだけど・・・」と、すまなそうな顔をしたのは、創味シャンタンなる中華調味料だった。里琴いわく「これを入れると何であろうと中華の味になる」ということだ。なるほど、こんな身近な場所にでも知らない世界というのは潜んでいるものなのだな。
それなりの量になった買い物袋を、俺と里琴は手分けして持った。
「じゃあ帰ろうか」
「待て。2階にもいってみよう」
「2階?何か買うの?」
俺は里琴のパジャマを買おうと提案した。
「へぇ?パジャマ?どうして?」
「・・・薄くて、寒そうだったから」
「そう?確かに冬だとちょっと薄かったかもね・・・リコ、あれしか持ってないから」
2階はいくつかのブランド店や、雑貨店も入っているようだった。中にはキッズブランド的な店もあったが、里琴が「こっちじゃないかな?」と連れて行ったのは、ノーブランドの洋服が陳列してあるスペースだった。
「パジャマあったよ!」
子供服が陳列されているのは、店舗の隅のほうだった。想像してはいたが、デザイン的にも野暮ったい服が並んでいる。
「こういうのでいいのか?もっとカッコいいブランドものとか・・・」
「いいのいいの。パジャマなんて誰も見ていないんだから。なんでもいいんだよ」
相変わらず里琴は現実的な答えをする。そういうものだろうか。5年生に進級すれば、修学旅行もあるはずだ。安っぽいパジャマを着ていると、友達に馬鹿にされてしまうのではないか。
いや、その頃には俺はもう赤の他人になっているのか。余計な心配だった。
「うーん、これもいいな・・・」
「なんだ。結局迷ってるじゃないか」
「だって先生には毎日見られるからね。セクシーなやつがいいんでしょ?」
「バカ言うな」
それに、セクシーさでいえば、今のゆるゆるパジャマほど、目のやり場に困るものはない。
「ねね。ちょっと来て。試着するから」
「試着?なんでもいいよ」
「そうはいかないよ。失敗したら毎日へこむし!」
里琴はパジャマを抱えて試着室に入っていた。試着室とはいえ、薄いカーテンで仕切られているだけの簡素なものだ。
里琴が洋服を脱ぐ音が聞こえ、また妙な汗が出る。このカーテン、薄すぎやしないか。
俺は目線のやり場に困り、洋服売り場全体を見渡した。そうすると、今度はその辺を歩いている小学生女子と目が合ってしまう。
彼女は目が合ったとたん、そそくさと逃げていった。父親然を装い里琴を待っているつもりだったが、隠せないオーラがにじみ出ているのかもしれない。
と、カーテンがさっと開かれた。
「じゃーん!どうかな?」
カーテンをさっと開け放った里琴は、ワンピースのようなパジャマを着ていた。昔でいうところのネグリジェか。ずいぶんひらひらとしている印象だ。色は白で、そして生地は薄い。というか、薄すぎる。光の関係もあるのか、里琴の身体のラインが明らかに透けてしまっているのだ。あろうことか、おへそや下着、そして胸のあたりも。
「これは、ちょっと止めた方がいいかもしれない」
「似合わない?」
里琴は悲しそうな顔をした。
「いや、似合わないことはないが。ほら、今は寒いからな」
「ふーん。いいと思ったんだけどな。じゃあもう一個の方を試すね」
里琴はさっとカーテンを閉めた。と、しばらくたってカーテンから細い腕が伸ばされた。手の先にはネグリジェがあった。
「これ持っておいて。床に落ちちゃうといけないから」
「あ、ああ」
ちらりとカーテンの隙間から中が見えそうで、俺はまたもや目線をさまよわせる羽目になった。さっき逃げていった小学生の姿は見えない。まさか通報しているのではあるまいな。
そんな心配をしていると、今度はすぐにカーテンが開いた。
「・・・?」
里琴が着ているのはパジャマではなく、彼女自身の服を着ていた。
「もう試着しなくていいのか?もう一着あったろ」
「しない」
さきほどまでのテンションはどこへ消えたのか、里琴は明らかに元気がなさそうだった。俺はその落差に戸惑った。
「で、どちらを買うんだ?」
「どっちも買わない」
「え?」
「売り場に返しておいて」
里琴は俺にパジャマを押し付け、売り場の反対側に歩き出した。
「おい、ちょっと待ってくれ」
里琴は振り返ることなく、売り場の角を曲がり視界から消えていった。
里琴の態度の豹変に、俺は唖然とした。なにか、癇に障るようなことがあったのだろうか。
俺はパジャマを置いて里琴のあとを追ったが、すでに姿は見えなかった。




