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気がついたらJS4の保護者になってました。  作者: 軽羽春
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20/56

#20 お父さん

 およそ30分後、俺たちは隣町に向かうバスに乗り込んだ。車を持っていない俺としては、公共交通機関に頼るより他なかったのだ。

 

 不審者が小学生を連れ回していると見られやしないか。乗客の目が妙に気になってしまう。


「後ろ空いてるよ!早く早く!」

「あ、ああ」


 客の爺さんがこちらをじろりと睨む。頭を下げて里琴を追いかけ、一番うしろの席に並んで腰掛ける。


「あまり大きな声は出さないように」

「はーい」


 返事は良かったが、里琴のテンションの針は高止まりしたままだった。

 車窓を流れゆく店舗看板や通行人の容姿を材料に、マシンガンのように俺に喋り掛ける。


「見て!あんなところに美味しそうなパン屋さんがあるよ」

「ああ、そうだな」

「今度いってみようよ!今日の帰りでもいいかもね。ここからなら歩けるし。あれはピザ屋さん?お昼ごはんピザでもいいね。待って、牛丼屋だ。あ、あの人綺麗な髪してる・・・あー、でも年は結構いってるね。残念」

「そういうことは言うものじゃない」


 俺は乗客の耳も気にしながら、できるだけ小さい声で言った。バスにはそれなりのお年を召した女性も乗っているのだ。


「マッサージ屋さんもあった!」

「そうか」

「そういえば、この前マッサージどうだった?気持ち良かった?」

「ああ」

「途中で寝ちゃってたもんね」

「そうだったな」

「リコがマッサージやってあげるから、先生はマッサージ屋さんに行かなくて済むね」

「そうだな」

「ところでアワセンタイマッサージって何?」

「・・・」


 俺は里琴が指さす先を見た。明らかに通常の「マッサージ」の意義を外れる「マッサージ」を提供する店だった。泡洗体!オイル!リンパ!などと派手な文字がピンク色の看板に踊っている。俺は咳払いをした。気のせいか、さっきよりも周りの空気が張り詰めているような気がする。


「・・・身体を洗ってくれるんじゃないか」

「うそっ!マッサージだけじゃなくて、身体も洗ってくれるの?そんなのあるんだ。え、でもじゃあ服はどうするの?脱ぐの?」

「かもしれない。分からない」


 俺は消え入りそうな声で言って、ペットボトルの水を口に含んだ。


「行ったことないの?」

「ない」

「ふーん。・・・じゃあ、こんどはリコがお家でセンタイマッサージしてあげようか?」


 俺はペットボトルの水を盛大に噴いた。斜め前に乗っていたご婦人が、険しい目を向けてくる。


「ちょっと、大丈夫?」

「いや、ちょっと(むせ)ただけだ」

「ならいいけど。気をつけてね、お父さん」


 今度は本当に咳き込んだ。

 お父さん?

 今、「お父さん」と言ったか?


 里琴を見ると、涼しい顔をして前方を見ている。


「あ、お父さん!このバス停だ。降りよう」

「あ、ああ」


 里琴に連れられるようにして、俺はバスを降りた。


 バスが走り去るのを見送り、あたりを見回した。目的地としていた大型商業施設は見当たらない。俺はスマホの地図アプリを開いた。


「このバス停・・・違わないか?」

「・・・そうみたい、だね」

「あとバス停2つ分ぐらい距離があるようだが」

「早く降りちゃったかな」


 里琴は舌を出した。


「次のバスは・・・あと20分もあるぞ」

「そっか。じゃ、歩いて行こうか!」

「歩き・・・」

「天気もいいしさ。ずっとバスの狭い中だと、身体も固くなっちゃうからね。行こう!」


 里琴は一つ大きな伸びをして、歩き始めた。

 バス停2つなら、歩いても、次のバスを待っても、時間的には変わらないかもしれない。

 俺は釈然としないものを感じながらも、「あるこー、あるこー」と歌う里琴のあとを追い、歩き始めた。


 しばらく歩くと、河川敷に出た。この川を渡れば隣町に入り、そこに商業施設があるはずだった。


「わー、見晴らしいいね」

「ああ」


 ボール投げなどをして遊ぶ親子。川沿いのベンチに座るカップル。いろいろな人たちが、思い思いに三連休最後の一日を楽しんでいる。


 河川敷には雑草の花も咲き始めているようだった。白い花や青い花が、それぞれモザイク模様のようなコントラストを描いている。


「あの青い花、オオイヌノフグリっていうんだよ」

「そういえば、そんな名前だったか」

「フグリってなんだか知ってる?」


 くすくすと里琴は笑った。センタイマッサージと違って、今度は確信犯のようだ。俺は無視して歩き続けた。


「ねえ先生」

「ん?」

「手つなごうか?」

「つながない」

「えー、なんで?」

「なんでも」

「恥ずかしいの?」

「・・・」


 里琴はそれ以上しつこくもせず、手を引っ込めた。

 俺は里琴がバスの車内で発した「お父さん」という言葉を思い出していた。あれはどういう意味だったのか。

 しかし、今里琴は、俺のことを再び「先生」と呼んでいた。

 では、バスでは単に間違えただけなのか。あるいは――、俺のことをお父さんと呼びたかった?


「あ、あれだ!あの建物だよ!」


 遠くに商業施設の看板が見えていた。元気よく駆け出していく里琴を、俺はとろとろした走りで追いかける。

 他人から見ると、仲睦まじい父娘に見えるだろうか。

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