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#17 先生のエッチ!

 遠くで水の音がしていた。


 なんだろう。滝だろうか。結構な量の水が地面を叩くような。そんな音が遠くから聞こえる。

 俺はその音源を求めるため、そちらに歩こうとした。が、足に力が入らない。そして呼吸が苦しい。そうこうしているうちに、滝の音が大きくなってくる。止めなければ。なぜか俺はそう思い、もがいた。だが手足をいくらもがこうとも、前に進めない。滝を、滝を止めなければ・・・。苦しい。


 はたと目が覚めた。


 夢だったか。


 俺はソファに寝ていた。なぜだかうつ伏せで、顔をクッションに押し付けるようにして。呼吸が苦しかったのはこのせいだったか。


 それにしても妙な夢だった。夢の中の俺は、滝を止めなければならないと、なぜか強く思っていた。


 と、そこで気がついた。

 滝の音は、まだ続いていた。夢から覚めて、現実世界だというのに。


 そして、その音は滝ではない。間違いない。シャワーの音だ。

 しまった!

 俺はソファから跳ね起き、浴室にダッシュした。前にも水を出したまま寝落ちしてしまい、あわや下の階に浸水させそうになったことがあるのだ。


 前にも?


 つい最近、こんなことを体験した記憶がある。浸水さわぎがあったのはだいぶ前のはずなのに。デジャヴだろうか?


 まあいい。俺は勢いよく浴室のドアを開けた。


「キャー!!

「う、うわぁぁぁ!!」


 俺は驚いてドアを閉めた。

 浴室の中では、里琴がシャワーを浴びていた。


 俺は次々と思い出した。里琴にマッサージをされて寝落ちしたこと。デジャヴと感じた記憶は、今朝のできごとだったことを。

 そして、今朝とは違い、今の里琴は服を着ていなかった。


「ご、ごめん!」


 里琴は風呂の換気扇をつけていなかったようだ。だから、湯気の充満する浴室で里琴の身体はほぼ見えなかった。

 とはいえ、デリカシーのなさすぎる行動は弁解の余地がない。俺は浴室の鏡越しに里琴に頭を下げた。磨りガラス越しに肌色が見え、目のやり場に困ってしまう。


「先生のエッチ!」

「も、申し訳無い」

「・・・別に怒ってないよ。ふふ。「のび太さんのエッチ!」みたいだね」

「寝ぼけていた。以後気をつける」

「いいよ」


 里琴はシャワーを止めた。

 まさか、裸で出てくるつもりか?と、俺は一瞬身構える。


「先生もお風呂まだでしょう?一緒に入る?」

「バ、バカを言うな」

「ふふふ。冗談だよ」


 再びシャワーのお湯が床を叩き始める。

 完全に手玉に取られてしまった。

 くそ。これだから女は嫌なのだ。

 俺は悔し紛れに床の洗濯物を拾い上げ、洗濯機に放り込もうとした。と、何かが腕からこぼれ落ちた。


「・・・これは!」


 無機質な床で、そこだけが色彩を持っていた。水色と白のストライプ。ふわりとした質感と、ゴムのたわみ。見ているだけで伝わってきそうなぬくもり。それは見紛うことなき、いわゆるパンティであった。


 これを、俺が拾い上げる・・・?

 いいのか?

 そんなことをして、いいのか?

 いや、何を意識しているんだ。相手は小学生だ。ただの布ではないか。

 だが、子ども用とはいえ、これはパンティであることに間違いはない。女児用ショーツなどという言い方をしても、パンティはパンティだ。言うまでもなく下半身に一番近いところに着けられる服飾品である。もし布にぬくもりが保たれているとすれば、それは下半身の温度なのだ。

 そういったものを拾うということはつまり、その、何かを踏み越えることになりはしないか。


「・・・ふん。バカバカしい」


 俺は洋服をパンティの上に放った。洗濯機に入れるぐらい、自分でやれ。

 洗面所のドアを後ろ手で閉め、大きく深呼吸をした。



 さて、夕食の準備をしなければならない。とはいえ、ミールセットをホットクックに突っ込むだけではあるが。俺は「魚介のペスカトーレセット」なるものをホットクックの内鍋に開け、スイッチを入れた。ミールセットの欠点は、分量が必ず二人分であることだったが、図らずもその欠点が役に立つ日が来たというわけだ。


「ねえ先生!」


 里琴が洗面所のドアを開けて、もわっとした湯気といっしょに顔を出した。いつの間にかシャワーは終わっていたらしい。


「バスタオル使っていい?っていうか、どこにあるの?」


 バスタオルは・・・、と、俺は洗面所に足を向けかけて止めた。バスタオルが欲しいということは、今、里琴が身につけているものは・・・。文字通り一糸まとわぬ姿ということにならないか。心拍数が一気に上る。


「引き出しに入っている。洗面台の左下」

「ありがと!」


 里琴はドアを閉めた。さすがに10歳とはいえ、裸で出てくるようなことはしないらしい。

 というか、相手は子どもだ。何をドキドキしているのか。別に裸で出てきたところで何も――。


「忘れた!」


 勢いよくドアを開き、里琴が洗面所から飛び出てきた。心拍数がまた急激に上がる。里琴はこちらを見てニヤニヤとした笑顔を浮かべた。


「裸だと思った?バスタオル巻いてるよ」

「・・・早く服を着ろ」

「それを探しにきたんだよ。パジャマ持っていくの忘れちゃって」


 里琴は大きなキャリーバッグを開き、パジャマを取り出した。俺はなんとなくその様子を眺めていた。細い肩に、濡れた髪が掛かっている。そしてバスタオルが不相応に大きくて――


「あっ!!」


 その時だった。里琴が身体に巻いていたバスタオルが、はさりと床に落ちた。背中からお尻に掛けての、子どもとはいえ艶のあるシルエット。俺はとっさに下を向き、タブレットを見ているふりをした。


「えへへ。しっかり巻かなきゃダメだね」

「・・・」


 里琴は照れ笑いを浮かべながら洗面所に戻っていった。

 その場にへたり込みたかった。まったく、心臓が持ちそうにない。

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