#14 朝 ③
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食事が終わり、俺はパソコンに向かった。零細作家の宿命で、次作のアイデアを次々と出していかなければならない。里琴の処遇は、仕事が一段落ついてから行動に出るつもりだった。
今回の仕事は、コミカライズを視野に入れていた。編集部から与えられた条件は「主人公はお姫様」というものだった。
お姫様・・・どんな属性が良いだろう?橘くんが鼻息荒く語っていたことを思い出す。
「やっぱ主人公は大人じゃダメです。小学生ですよ!小学生ものはウケがいいんですよ!日本人みんなロリコンですから!」
・・・とりあえず10歳ぐらいのお姫様が現代にタイムスリップしてくる話にするか。
タイムスリップものの定番として、主人公には現代とのギャップに驚き、そして時に滑稽な行動を取ることになるだろう。たとえば、どこかの家に居候をして、そこの娘とケンカしたり、打ち解けたりしながら小学校に通わせるとして・・・。
そういえば、と、俺は橘くんの打ち合わせを思い出していた。
「衣装はね、体操着を出して欲しいんです。」
「体操着・・・」
「ふふふ。ブルマ、です。ブルマ!」
「・・・」
「日本の男たちはブルマ大好きですから!とりあえずブルマ出しときゃ文句ないですから!鉄板ですよ鉄板!ブルマ!スク水!温泉!最近のアニメはこれが三種の神器ですから!」
あの時の橘くんは、鼻息どころか鼻血を吹き出しそうな勢いだった。
しかし、よく考えると現在の小学生はブルマなんて履いていないだろう。俺が小学校の頃ですら、体操着はハーフパンツだったわけで。そもそもブルマって、どんなものだっけ。
俺はブラウザに「ブルマ 小学生」と打ち込み、画像検索をした。数秒もしないうちに、小学生のブルマ画像がブラウザを埋め尽くす。その光景は、なかなかに壮観であった。運動会の風景、ドラマか何かのキャプチャ画像、そして明らかな盗撮画像。
ただ、どの画像も古いようだった。この令和の時代にブルマを使っている小学校があるとは思えない。橘くんの要請はマーケティング的には当たっているのかもしれないが、設定としてはどうなのだろう・・・俺はしばらく頭をひねった。
現代の小学生が、ブルマを履くようなシチュエーション・・・。
そうだ、こうすれば――。
(ぶおおおおおん)
なんだこの音は?
・・・何を思いついたか忘れてしまった。
そうだ。ブルマだ。令和の時代の小学生にブルマを履かせる方法。それは――。
「ぶおおおおおおん!」
突然ドアが開き、爆音がした。
驚いて後ろを見ると、里琴が床に掃除機を掛けていた。爆音の元は、その掃除機だった。
「じゃーん!お掃除の時間です」
「ちょ、ちょっと」
「ええ!?なに?」
「止めてくれ。掃除機を止めて」
「へぇ?いいでしょ、この掃除機!」
爆音で聞こえなかったのか、里琴はすいすいと掃除機を動かした。電動工具メーカーが出しているコードレスのもののようだったが、パワー重視なのか、普通の掃除機の数倍の爆音を発していた。
「掃除はしなくていい。掃除機はルンバがあるから・・・」
「なんでも吸い込むんだ!」
里琴は掃除機を縦横無尽に動かした。と、ベッドの下に置いてある段ボール箱に掃除機があたる。「資料」が入っている段ボール箱だ。俺はさりげなく資料と掃除機の間に身体を入れ、里琴をそれ以上進ませないようにした。
「どいて先生。邪魔だよ?」
「掃除はもういい、止めてくれ」
「ほら、そこにもほこりが!」
「聞いてくれ!」
俺は掃除機を奪いスイッチを切った。
「この辺は掃除しなくていい」
「なんで?ベッドの下とか、ほこりが溜まりそうだし」
「いや、その・・・仕事道具とかがあるから。壊れやすいものとかもあるから」
「ふうん・・・」
「そ、それに掃除機も自動で動くのがあるんだ」
「自動?」
俺はルンバのことを説明した。
「うそ!見たい!」
「時間がくれば自動的に動き出す」俺は時計を見た。「あと30分ぐらいかな」
「うわぁ、楽しみ!じゃあ、床の掃除は止めて、はたきだけ掛けておくね!」
里琴はPCにはたきを掛けた。その拍子にマウスが動いたのか、ディスプレイがスリープ状態から復活し、画面が映し出された。
「小説を書いていたんですか?」
「まあな」
「・・・やだ、何これ!」
「・・・!」
いかん、と思った時はもう遅かった。
画面にはブルマを履いた小学生が、思い切り映し出されていた。しかも、間の悪いことに体育座りで、明らかに「狙った」アングルの写真が。
「こ、これは違うんだ」
「リコ知ってる!これ、昔の体操着だ・・・」
「そ、そうだ。昔のやつ」
「すごい短い・・・こんなの着てたんだ・・・パンツと同じじゃん・・・先生、こういうのが好きなの?小学生が好きなの?」
「好きじゃない。これは小説の参考資料だ」
「参考資料?」
嘘ではなかった。俺は次作に取り掛かっていること、その話ではお姫様が現代にタイムスリップをしてきて、現代の体操着を初めて着るのだと説明をした。
「俺は女子の体操着をよく知らないからな。細かい部分は実物を見ないと」
「ふーん・・・」
「なるほど、こうなっているんだな。うん、もう分かった」
俺はさりげなくブラウザを閉じた。
「でも先生。そのお姫様は、今の時代にタイムスリップするんでしょう?」
「ああ」
「だったら、そんな体操着は着ないと思うよ。今は、もっと長いズボンだから」
「・・・そうだな。・・・ところで、こっちの部屋を掃除してみないか」
俺は里琴を仕事部屋から追い出した。いずれにせよ、これでは仕事にならない。予定変更だ。
「このテレビの裏、ルンバが入れないからほこりが溜まっていてね。その掃除機があれば綺麗になるんじゃないか」
「任せて!絶対綺麗にする!」
「お願いするよ。・・・その間、ちょっと先生は出かけてくるから」
「え?リコも行くよ。掃除はあとでもいいし」
「いや、里琴ちゃんは・・・ほら、ルンバが動くところを見ておいて欲しいし」
「あー・・・。そうだね!じゃあちゃんと見ておく!いっしょに掃除もしておくね!」
里琴は掃除機の先で、ルンバをつんつんと突いた。




