#12 朝 ①
遠くで水の音がしていた。
なんだろう。滝だろうか。結構な量の水が地面を叩くような。そんな音が遠くから聞こえる。
俺はその音の原因を確かめるため、そちらに歩こうとした。が、足に力が入らない。そうこうしているうちに、滝の音が大きくなってくる。止めなければ。なぜか俺はそう思い、もがいた。だが手足をいくらもがこうとも、前に進めない。滝を、滝を止めなければ・・・。
はたと目が覚めた。
夢、だったか。
俺は頭を振った。いつものベッドではなく、なぜかソファに寝ていた。寝落ちしていたのだろうか。硬いところで寝ていたせいか、ひどく背中が痛んだ。
それにしても妙な夢だった。夢の中の俺は、滝を止めなければならないと、なぜか強く思っていた。遠くから滝の音が聞こえてきて・・・。
と、そこで気がついた。
滝の音は、まだ続いていた。夢から覚めて、現実世界だというのに。
そして、その音は滝ではない。間違いない。シャワーの音だ。
しまった!
俺はソファから跳ね起き、浴室にダッシュした。前にも水を出したまま寝落ちしてしまい、あわや下の階に浸水させそうになった前科があるのだ。
俺はよろけんばかりの勢いで、浴室のドアを開けた。すると、誰かが浴室にいた。
「キャー!」
「う、うわ。あああ?」
そこにいたのは、女の子だった。悲鳴をあげた女の子は裸でシャワーを浴びていた・・・わけではなく、ちゃんと服を着ていた。おまけにエプロンをつけ、頭にはバンダナも。手には風呂掃除用のバススポンジが握られていた。
「先生!びっくりした!・・・おはようございます!」
「あ、ああ・・・お、おはよう」
寝ぼけていた頭がようやく回転し始め、俺は昨日の出来事を思い出していた。そうだ。里琴だ。里琴が転がり込んできて、彼女がベッドを占領していたから、自分はソファで寝ることにしたのだった。
「何をしているんだ?」
「掃除!お風呂が汚れているみたいだったから!」
風呂には塩素系洗剤の臭いが満ちていた。確かに風呂掃除はここ数ヶ月さぼっていたような気がする。「こすらず落ちる洗剤」というのを信用し、風呂釜をこすることもなかった。
里琴は慣れた手付きで風呂釜を磨き上げていく。
そういえばオーディションでも、里琴は掃除が好きだと言っていた。あれは本当だったということか。
「ソファで寝ていたの?」
「ああ・・・」
「なんで?」
「なんで、って、そりゃ」
一緒のベッドで寝るわけにはいかないだろ、と言い掛けてやめた。その前提知識を説明するのは、あまりに面倒くさい。
「ベッド大きかった!あのベッドなら、二人寝られるよ!そうだ、今日は一緒に寝てみよう!」
「・・・いずれな」
俺は逃げるようにリビングに戻った。背中をほぐすため、中古のマッサージチェアに座る。リビングの隅に追いやってはいたが、全身をほぐしてくれる優れものだった。俺は「全身 強もみほぐし」のスイッチを入れた。
「・・・」
動かない。マッサージチェアはうんともすんとも言わなかった。プラグはコンセントに差し込まれている。スイッチを強く押し込む。やはり反応がない。壊れたということか。
おまけに「もみ玉」が妙な位置で止まっており、背をもたれかけると余計に背中が痛んだ。くそ。昨日からイレギュラーなことばかりだ。
イレギュラーといえば、最大のイレギュラーである里琴をどうするか考えなければいけない。俺はダイニングテーブルに肘をついた。テーブルの真ん中には「みーちゃん」が置かれ、まるでずっと前からそこにいたかのような存在感を誇示していた。里琴は本当にここに住むつもりなのかもしれない。
なんとかしなければならない。だが、どうすれば・・・。
そんなことを考えていると、里琴が浴室から顔を覗かせた。




