表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/56

#11 俺のベッドで女児が寝ている件

「さっきの?お母さんのやつ?」

「うん」

「もう消しちゃったよ」

「・・・は?」

「リコのスマホ、容量少ないんだよね」

「ちょ、ちょっと。動画フォルダを見せて」


 俺は里琴からスマホを取り上げた。カメラロールには、アニメの動画がいくつか入っていたが、母親の動画は影も形もない。

 いや待て。たしかiPhoneには一度削除した動画や写真を、しばらく溜めておく場所があったはずだ。俺は急いで「最近削除した項目」を開いた。


 ・・・なかった。「最近削除した項目」フォルダには、何のファイルもなかった。


「そこに入ってると、空き容量が増えないんだよね・・・だから、そこからも消したの」

「・・・そうか。つまり、お母さんの動画は、どこにも残ってない・・・ということか」

「だね」


 俺はガクリと肩を落とした。最近の小学生はスマホの構造にも詳しいらしい。


「そんなに動画を見たかったの?ごめんね先生。元気だして」


 里琴の小さな手が俺の背中に置かれた。


「お母さんが帰ってきたら、また撮ってもらえばいいよ!」

「そういう問題じゃない」

「フクザツなんだね。でも、私は先生と一緒で嬉しいよ」

「・・・」

「先生、優しいから。さっきのココアも美味しかったし。なんか上手くいえないけど、別の人じゃなくて、先生で良かったと思うんだ。うん」


 里琴は俺の背中をぽんぽんと叩き、ソファに戻った。


(先生と一緒で嬉しいよ)


 その言葉が、頭の奥で何度も反響した。心がじんわりと熱くなる。今までの人生で、およそ掛けられたことのない言葉だった。俺が一緒で、嬉しい?


 ――いや、今はそれどころではない。考えろ。考えるんだ。


 頭を冷やすために仕事部屋兼寝室に入り、PCチェアに腰掛けた。


 いまいちど、状況を整理する。

 俺の家にはなぜか小学四年生がいて、彼女には帰るところがない。里琴の母親は、里琴がオーディションに合格すれば帰ってくるというが、その保証はない。


 母親には、現段階で連絡がつかない。連絡先として渡されたアドレスにメールを出して抗議するぐらいはできるだろうが、どれだけの効果があるかは疑問だ。だいたい携帯を解約しているということは、送られたメールすら見られないのではないか。


 つまり、母親に連絡を取り、里琴を引き取らせるというのは、解決手段として現実的ではない。


 次に、警察や児童相談所だ。これはリスクも高いような気がする。俺はベッドをちらりと見た。ベッドの下には段ボールに入った「資料」が置かれたままだ。これを捨ててから、警察を呼ぶ?だが、資料をどこへ捨てる?資料を外に持ち出すこと自体がリスクだ。ましてや、俺は車を持っていないのだ。


 それでも、他に解決方法は思い浮かばない。

 他の親戚に連絡を取ろうにも、祖父や祖母もすでに他界しており、身寄りはないということだった。里琴の暗い表情みると、嘘をついているとも思えなかった。


 やはり今日中に資料をどこか遠くに廃棄し、明日に警察に連絡をする。

 それが最も現実的な解決方法かもしれない。


 明日?


 待て。明日になるということは、つまり里琴がここで一夜を明かすということだ。これはまずい。今後警察に相談することになった場合、ますます言い訳が効かなくなる。


 行動するなら早いうちがいい。


 要は「資料」さえ見つからなければいいのだ。いきなり家宅捜索されることはあるまい。最悪警察署で取り調べられることになっても、里琴さえ証言してくれれば、俺に誘拐の意図はないと分かるはずだ。


 俺はスマホを手に取り、初めて「110」をダイヤルしようとした――が、指は動かなかった。頭の中では里琴の言葉がこだましていた。


(先生と一緒で嬉しいよ)


 里琴はそう言っていた。彼女を警察や児童相談所に預けてしまうことは、本当に彼女のためになるのだろうか。

 少なくとも彼女は俺を頼っていて、ここにいることが幸せではあると言っているのだ。人生において、初めて俺を必要としてくれた子を、追い出してしまう。それは正しい行動なのだろうか。人間としてどうなのか。


 せめて今日だけは、ここに置いてやってもいいのではないか。

 もしかしたら、明日に母親が戻ってくるかもしれないのだ。それまでは、せめて。


 いや待て。

 一日でも経つと取り返しがつかないと結論したではないか。母親が帰ってくるまで何日かかるか分からないのだ。これが何ヶ月も経ってみろ。少女誘拐だけでなく、監禁犯ではないか。


 大体、俺が誰かと一緒に住むということに耐えられるわけがない。実家を出てから長い間ひとり暮らしを続け、せいぜい橘くんぐらいしか会話相手もいない自分が。赤の他人と。しかも相手は子どもだ。ありえない。だが、他にどうすれば・・・。


 頭がぐちゃぐちゃだった。


 ・・・そういえば里琴をリビングに放置したままだ。いずれにせよ、里琴には今後どうするか、話しておかなければならない。

 俺は立ち上がり、リビングに向かおうとした。そこで視界の隅に、違和感を覚えた。

 違和感の正体は、ベッドだった。正確には、ベッドの上に乗っている何

だった。


「・・・!?」


 里琴だった。

 里琴が、俺のベッドで寝ていた。掛ふとんの上に、倒れ込むように寝ていた。スカートの裾が台形に広がり、胸には「みーちゃん」が抱かれている。いつの間に入ってきたのか、まったく気が付かなかった。

 里琴はすでに深い眠りに入っているようだ。すやすやと寝息をたて、呼吸とともに胸が上下している。


 なんでこんなことになったんだ。


 俺は今日一日、いやここ一時間ほどの怒涛のような流れを思い出し、深くため息をついた。

 とりあえず里琴を起こさなければ。俺は里琴の肩に手を伸ばしたが、そこで思いとどまった。

 無防備な寝顔を見ていると、里琴の言葉が胸に蘇る。


(先生と一緒で嬉しいよ)


 今日は大人でも辛いような寒さだった。それに、オーディションの緊張もあっただろう。


 もうちょっと寝かせてやってもいい。


(なんか上手くいえないけど、別の人じゃなくて、先生で良かったと思うんだ。うん)


 一日ぐらいは、いいか。

 明日になってまた考えれば良い。母親も連絡を寄越すかもしれない。


 俺は予備の毛布を取り出し、里琴の上に掛けた。起こさないよう、そっと。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ