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女は女の味方

 こちらに声をかけてきた男は、この場にいる人物の中では最も体格がよく、学生服を着ていても筋骨隆々なのは見てわかる。髪は薄茶色のツーブロックで耳にはキラリと光るピアスをしている。

 どうやら俺のことを知っているであろう大男は、俺の方へ満面の笑みを浮かべ近寄ってくる。そして、こんないかつい人物の知り合いは一人しかいない。


「もしかして、千堂(せんどう)先輩、ですか?」

「そうだよ、いやあ懐かしいな。守邦高校に行ってるって知ってたけどよ。身長が伸びてたから最初わかんなかったぜ。会うのも二年ぶりくらいか」


 唐突の再会に驚きを隠せない。

 身長が伸びたと言われたが、千堂先輩も見上げるほどに巨大で肩幅も広い。


「ねえ、菊地くんのお知り合い?」

「あ、うん。千堂先輩とは同じ中学だったんだ」


 冬樹からの質問に俺が答えると、場の空気が少しばかり緩むのを感じた。

 中学の頃はまだ髪は黒かったし、ここまで大柄な体格はしていなかったので最初はわからなかったが、昔はよく俺に気をかけてくれたいい先輩だ。


「そうそう、昔はキクちゃんに妹が世話になってな。それにしても、よかったなキクちゃん。友達できたんだな」

「あ、いや、クラスメイト、なんですけど」


 友達という訳ではない。

 今回たまたま同行することになった同級生に申し訳なさを感じながらも、千堂先輩は俺の周りにいたクラスメイトを満足そうに眺めている。

 苅野工業の生徒たちも千堂先輩の知り合いがいるとわかり、遠慮している様子だ。


「そんで、キクちゃん。こんなところに来てどうかしたんか? なんか問題か?」


 どうしたものかと冬樹に視線を送れば、代わりに説明しろと言わんばかりに顎で千堂先輩の方へ向き合うように指示を出している。その後ろにいた陽代美も一つ頷き、この場での会話を俺に託してくれたようだ。


「千堂先輩、実は同じクラスの樋口さんの彼氏が苅野工業の三年生にいるんですけど、矢口さんって人に心当たりはありませんか?」


 と、俺が質問をすると千堂先輩と一緒に入ってきた男連中は難しい顔をしている。

 恐らく、先輩と一緒に店内へ入ってきた人たちは三年生であり、この店に出入りしていた矢口という男を知っているのだろう。しかし、その誰もが口を噤み千堂先輩の動向を気にしているように見える。


「……悪いが答えられねえ、折角ここまで来てなんだが、さっさと矢口のことなんて忘れちまいな」

「どうしてっ、ずっと俊とは連絡が取れなくて、ずっと心配で。知っていることがあるなら教えてくれたっていいじゃないですかっ」


 堰を切ったように突っかかりながら、泣き崩れる樋口を女子たちが励ます。

 どうするべきか。

 泣きわめく樋口を中心に気まずい空気が店内を覆う中で、千堂先輩は頭を掻き溜息を漏らす。

 どうしていいかわからない状況に沈黙をしていると、千堂先輩から一つの妥協案が提示された。


「わかった、矢口について話してもいい。だが、話すのはキクちゃん、お前だけだ」

「え、どうして俺に?」

「他校の生徒からいきなり話を聞かせろと言われても簡単に信用なんてできねえ。けど、キクちゃんには昔の借りもあるし信頼もできる。だから話をしてもいいのはキクちゃんだけ。これがコチラから矢口について話をする条件だ」


 先輩から提示された条件は、俺としてはあまり喜ばしくない。

 単なるお飾りでついてきた俺の話を、泣きわめく樋口が簡単に信用をするとは思えないからだ。

 話を訊けることは有難いのだが、どうやって錯乱する樋口に俺の話を信用してもらえるか考えていると陽代美から助け船が入る。


「あの、その話、私も聞かせてもらえないでしょうか?」

「キクちゃん、この子は?」

「はい、陽代美さんは、俺を今回の捜索に誘ってくれた人です」


 誘ってくれたとは多少の語弊もあるが特に問題はないだろう。

 そして千堂先輩は値踏みをするように彼女を見てこちらに向き直る。


「キクちゃんが信頼できる人なんだな?」

「はい、陽代美さんは信頼できます」

「そうか、それなら二人とも二階に来てくれ。そっちで話そう。おおい、お前らキクちゃんの友達に絡んだりするんじゃねえぞ」


 千堂先輩の掛け声に頷く苅野工業の生徒たち。先程まで騒ぎ立てていた男たちも大人しくなり統率がとれていると感じる。

 そしてゲームセンターの階段へ向かう先輩に続き、俺と陽代美は後を追った。

 階段を昇った先にはプリクラの筐体が所狭しと並べられ、先輩は自動販売機の前にある向かい合わせのソファーに座り、俺と陽代美は反対のソファーに腰を掛ける。少し嗅覚を働かせればヤニとカビが入り混じったような匂いがする場所だ。


「それじゃあ結論から言うとだな、矢口はもうこの街にいない」

「いないって、どうしてですか?」

「色々とあってな、ええと、保健室で働いている人のことはなんて言えばいいのかな」

「養護の先生、ですか?」と陽代美がフォローする。

「ああ、それだ。矢口は女遊びが酷くてな、簡単に言えば矢口とウチの養護の先生はデキてたんだよ」

「それって、浮気をしていたってことですか」

「さあな、一階にいる彼女さんとどちらが本命だったのかなんて知らねえ。そんで、今年の四月頃に養護の先生が妊娠したんだと。恐らくその相手は矢口だろうな」


 普段聞き慣れない言葉に言葉を失う。

 隣にいる陽代美も同様らしく、千堂先輩の話に耳を傾けている。


「それで矢口は急に学校中のやつらに金を苦心してな、どうやら養護の先生に産ませるつもりだったらしい。それでも金が足りないとわかった矢口はヤバい仕事をするようになったんだ」

「ヤバい仕事って……」

「キクちゃんは野菜の手押しって、わかるか?」

「それは、農業に関する仕事、ですか?」

「ハハっ、違う違う。まあ、簡単に言ってしまえば悪い薬を売りさばく仕事だと思えばいい。そして樋口は売り子としてSNSなんかを使って悪い薬を売りさばいていたわけだ」

「そ、そんな。悪い薬って……」

「驚くのも無理ねえな。こんな田舎でも欲しがるやつがいて、売るやつもいるんだよ」


 驚きを隠せない。

 都会とは程遠い地元の近くで、テレビで聞くような悪事が行われていたなんて耳を塞ぎたくなる。

 そして、苅野工業の生徒たちが一向に話そうとしないことに合点がいった。


「そんで、問題はここからなんだけどな。矢口が仕事を請けた相手に上納金を払わず養護の先生と雲隠れしちまったんだよ。いわゆる駆け落ちってやつだな」

「……どうして、駆け落ちなんか」

「それは分からねえ。養護の先生もまだ若かったし、矢口が別の問題を抱えていたのかもしれん。しかしまあ、金を持ち逃げしたとなればタダではすまん。矢口と取引きをしていた連中は当然金を持ち逃げしたアイツを探し回っているわけだ」

「そう、だったんですね。それで苅野工業の人たちは――」

「ああ、矢口が苅野工業とバレたら、悪い薬をさばいていた連中の矛先が俺たちに向かう可能性もある。だから矢口のことを聞かれても答えるなとゲーセンに通っている連中には注意をしていたのさ」


 千堂先輩の話は、平凡な生活を送る俺にとっては異次元の話だった。

 悪い薬を売りさばき、駆け落ちした。しかも別の高校に彼女がいる状態で。

 脳の情報許容量が限界に差し掛かった頃、千堂先輩がまとめに入る。


「さて、ここまで話せばわかってくれたと思うが、あまり大っぴらにして欲しくない話題だってのは理解してもらえたかな?」

「……はい、俺も、陽代美さんもこの件については他言しません」


 勝手に話を進めて悪いが、ここは先輩の話す通りにしたほうがいい。俺やクラスメイト、苅野工業の人たちの安全のためにも。

 隣に座る陽代美も異論はないようで、静かに頷いてくれていた。


「助かる。あとは矢口の彼女さんにどう話すかは二人に任せる。そんじゃ一階に戻るか」


 先輩が席をたち、再び俺と陽代美も後に続く。

 怖い話を聞いてしまった。最初は単なる男女の諍いだと思っていたのだが、まさか樋口の彼氏は犯罪に手を染めていたとは。

 そして同じ中学に通っていた千堂先輩の変わりようにも驚いたが、彼の行動は一貫して同じ学校に通う者を案じての事だった。

 変わらないな、そう思いながら一階にいた同級生たちと合流。千堂先輩たちに礼を言いゲームセンターを後にした。


 駅へ向かう道中で陽代美から樋口に対して解決案が提示される。

 その内容は『矢口という男は浮気をしていて駆け落ちした、だからもう忘れた方がいい』とのことだった。

 流石は我らが女王様、言いにくいことも平然と言ってのける姿勢には感服をするばかりだ。恐らく俺が話を聞いて樋口に話をしただけでは解決できなかっただろう。


「もうっムカつく、消す、全部消してやるっ。マジで許さんしっ。ねえ冬樹さん、男紹介してよ、合コンしようよ合コンっ」


 帰りの電車で端末を操作しながら喚き散らす樋口を、ギャルたちがなだめたり一緒に悪態をついている。浮気をされていた事実が判明し、人の多い電車内でも樋口の怒りは収まる様子はない。

 そして行きの電車内とは違い、同行をした男連中は女子たちと少し距離を置き、事の成行を見守る中で茶髪の東がぼそりと呟いた。


「女ってさ、切り替えが早いよな」

「だな」

「……そうだね」


 樋口の元彼に同情をする訳ではないが、公衆の面前でボロカスにこき下ろされるのは少々不憫に思う。

そういえば昔父が言っていた。

『女は女の味方をする、そして男は男に同情しかできないのだ』と。


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