捜索隊結成
金曜日の昼休み。
明日からは週末ということもあり、休日の予定を話し合うクラスメイトが談笑をするなかで俺はいつものように窓の外を眺めていた。
頼みがあると陽代美から相談を受けてから二日ほど経つ。その後彼女から送られてきたメッセージは『少し待ってて』。
待機を命じられた俺は、何事も無い普段通りの生活を送り、今現在は昼食後の微睡みを感じぼうっとしていた。
なにかあるのだろう。俺の知らないところで陽代美は多くの人物から頼られている。それなら、彼女から話しかけられるのを待つだけだ。
そこへ、一つ前にある空いた席に一人の女子生徒が座る。
「ハァイ、菊地くん。少しいいかしら?」
彼女の名前は冬樹沙織。陽代美莉愛と同じギャルグループに属する『ギャル五人衆』の一人である。
髪は黒く肩のあたりまでの長さで緩いパーマが掛かっており、青色のカチューシャで前髪を上げている。例えるなら白ギャルだ。
「冬樹さんが、何か用?」
「ええ、今日の放課後って空いてたりする? 特に用事がなければ手伝って欲しいことがあるのだけど」
正直に言えば、俺は冬樹という女生徒が苦手だ。
彼女はクラス内でも目立つ存在で陽代美に最も近い存在という印象だ。そして学年トップの成績でもあり、テストが実施されれば必ず一位をとっている。
さらに容姿も優れており、陽代美とはまた違った男受けしそうな美人でもある。あと胸がでかい。
クラス委員長も担っており、二学年では知らない者はいない有名人の一人でありギャルだ、はっきり言って隙がない。
「今日はバイトもないから用事とかはないけど……」
「そう、ならよかった。じゃあ放課後、正門まで来てもらえる?」
「……どうして俺なんかに?」
「あら、莉愛から話聞いてない? 菊地くんなら頼りになるからって言われて私が代わりに話をしにきたのだけど」
彼女が苦手な理由はこの話し方にある。
ギャルのような砕けた話し方と、お嬢様が使うような話し方が混じった言葉遣いに違和感を覚えるためだ。常に相手を試しているような、そんな印象を受ける。
そして端末の画面に視線を落としても陽代美からのメッセージは届いていない。そんな俺の行動を察してか、鼻で笑うように冬樹は目を細める。
「ああ、莉愛なら今ちょっと忙しいのよ。定期的にくるのよねえ」
「くるって、なにが?」
「男子からの告白ラッシュ。ま、どうせあの子は彼氏なんてつくらないんだろうけど」
「陽代美さんは、彼氏いないのか?」
「ええ、中学の頃からずっとね。モテるんだから男の五人や十人ストックしていればいいのに。あ、もしかして菊地くんも莉愛のこと狙ってたり?」
「狙ったりしてないよ。……それで、放課後なにをすればいいんだ?」
俺の言動にニヤニヤと受け答えをする冬樹に少しばかり苛立つ。
しかし、我らが女王様から頼られているのであれば動くべきだろう。恐らく、数日前から相談をしたいと言っていた案件だと勝手に推測する。
「ウチのクラスに樋口っているでしょ? あの子の彼氏が苅野工業の三年にいるんだけど、連休明けから全く連絡が取れなくなったのよね。それで彼氏のことを心配した樋口から莉愛に相談があって、その彼氏を探しに行くことになっているのよ」
苅野工業といえば守邦駅から数駅離れた場所にある工業高校だ。噂ではかなり荒れていると耳にしたことがある。そして樋口は鈴木と田中が属していたギャルグループの一人だ。
「人探しって、まさか街中を探して周るのか?」
「そんなことしないわよ。樋口の彼氏がよく通っていたゲーセンがあってね、そこは苅野工業の生徒がたまり場にしているそうなの。そんな場所に女子だけで行っても舐められたりするかもだから、男子についてきてもらえると助かるんだけど」
「……なるほど、でも、どうして俺なんだ? 他にも協力してくれそうな男子は沢山いるだろう?」
「まあね、でも今回の一件はちょっとデリケートなのよ。だから信頼できる人間だけで行こうってことになってね。それでどうかしら、莉愛が信頼できると推薦した菊地くんの返答は」
彼女の言葉を補足すれば協力するのか、と言いたいのだろう。
できることなら断りたい案件だ。不良の多い苅野工業のたまり場に赴くのであればトラブルに巻き込まれる可能性は充分にある。しかし、そんな場所へ女子たちだけで向かわせるのも心配だ。
そんなことを考えていると教室の扉が開き陽代美莉愛が教室に帰ってきた。
恐らく、男子からの思いを斬り捨ててきたであろう我らが女王様は、数歩教室内を進み立ち止まる。そして冬樹と話していた俺の方へと向き直り眉を八の字にしている。
ダメだ、どうも俺は陽代美のあの表情に弱い。
絶対無敵と思っていた女王様からあんな視線を向けられては、平民である俺の選択肢は一つしかない。
「わかった。協力するよ」
「そ、ありがと。それなら放課後に正門でね」と、冬樹は言い残し陽代美の元へと向かった。
放課後になり、言われた通りに正門まで行くと同じクラスの生徒がたむろしている。
陽代美と冬樹が属するギャルグループの五人。相談を持ち掛けたという樋口。それと悪ぶった生徒が多い中でも一際目立つ男子が二人、計八人が一箇所に固まっていた。
「あんれ、菊地くんも捜索隊頼まれたん?」
「う、うん」
「そっか、今日はよろぴこっ」
と、軽い調子で話しかけてきたのは茶髪でオールバックの東。その隣にはブレザーの下からパーカーを着てニット帽を深々と被った西尾と目で挨拶を交わす。二人とも二年C組のクラスメイトで男子の中心的な存在だ。男が一人でないことに少しばかり安心した。
そしてリーダー格の陽代美が「全員揃ったから行こう」と号令を出し、俺たちは駅へと向かった。
守邦駅から四駅分の切符を買い電車に乗り込む。電車内はまだ社会人の退勤時間とはずれていることもあり、乗客は制服を着た高校生が大半を占めている。
心配そうな表情を浮かべる樋口をギャル五人衆が励ますように周囲を固め座席の一部を占拠している。その向かいには東と西尾が陣取り、そこから少し離れた位置で俺はそれぞれの様子を窺がっている。
捜索隊九人という大所帯でも俺を除くメンバーはスクールカーストでも上位の面々だ。
これだけの面子を揃えられる陽代美は、流石は女王様と言えなくもないが、正直俺みたいな人間を呼ぶほどではなかったのではないだろうか。
それに陽代美と冬樹を除くギャル五人衆の内三人は『なんであいつが?』と言わんばかりに俺の方をちらちらと観察をしている。
場違いなのは重々承知しているし慣れ合うつもりもない。苦手とする派手な装いをした彼らと同行するのに居心地の悪さを感じて目を伏せていると、陽代美が近寄ってきて俺の隣に立ち、周囲には聞こえないくらいの声で話しかけてきた。
「ごめんね、菊地くん。急な頼みで」
「いや、いいよ。暇だったから」
「うん、ありがと」
どうやら、気を使わせてしまったらしい。
孤立している俺に短く声をかけ、再び女子たちの輪へ帰っていく我らが女王様。
今回のような音信不通になった男女の関係に首を突っ込むのはどうかと思うが、女王様のためだ。平民らしく自分の役割を全うすることにしよう。
目的の駅で降り、しばらく歩くと目的のゲームセンターに到着した。
駅前なんかにある家族向けのゲームセンターとは違い、寂れた外装をしている目的地はいかにも荒くれ者が好みそうな佇まいをしている。
自動扉を抜ければ店内は薄暗く、様々な筐体から爆音が鳴り響き思わず懐かしさを覚える。
小学生の頃、当時は高校生だった兄に幾度となく連れて行ってもらったゲームセンターと雰囲気がよく似ている。
店内に入り歩を進めていると、休憩スペースと思わしき場所でたむろしている苅野工業高校の生徒を発見し、冬樹が一歩前へ出る。
「すみません、私は守邦高校二年の冬樹なんですけど、少し伺いたいがあるのですが」
冬樹が外向きな笑顔で近寄る。まるで外交官のような話し方をする彼女に戸惑う苅野工業の生徒たち。その集団のなかで、金髪にピアスと不良の定番セットの男子が代表して彼女の問いに応える。
「守邦高校の人が何か用っすか?」
「はい、実はここにいる樋口さんの彼氏で苅野工業の三年の矢口俊という人を探しているんですけど、なにか心当たりはありませんか?」
矢口俊という名前は初耳だが、恐らく樋口の彼氏の名前だろう。
そして冬樹に質問をされた金髪の青年は眉をひそめ、後ろにいた男数名と目配せをしていた。何か知っている、と感じた。
「あの、なにか知っているなら教えて下さいっ、俊はいまどこにいるんですかっ」
耐え切れなくなったのか、樋口は悲痛な声色で苅野工業の生徒に詰め寄る。
しかし、金髪の男子は詰め寄ってきた樋口と視線を合わせようはしない。
「すみません、俺たち一年なんで、三年生のことはよくわからない、です」
困ったように首を垂れる青年に申し訳ない気持ちになる。
突如訪れた他校の生徒から質問攻めに合えば困惑もするだろう。その相手が年上ならなおさらだ。ここは出直した方がいいのでは、と考えている間に後方からしゃがれた大きな声がした。
「おいおい、どうした? こんな可愛い子たち連れ込んで、ナンパでもしたんかァ?」
振り返れば、苅野工業の制服を着た男たち十数名が下卑た笑みを浮かべながら近寄ってきた。
思わず身体に力が入る。
目の前にいた一年生とは違い、明らかに体格がいい男達に警戒心が働くが、気づいた時には既に取り囲まれてしまった。
「その制服、守邦高校の生徒たちだよな? 美人が多いって聞いてたけど、中々に上玉じゃん?」
「あの、私たちは人を探しに来ただけで――」
「人探しィ? そんなんよりさあ、俺たちと遊ぼうや」
どうやら、話が通じる相手ではない。
冬樹の訴えにも耳を貸さず、新しく入ってきた苅野工業の男たちはにやけた表情でにじり寄る。折角陽代美が俺を頼ってくれたのだからここで男らしくどうにかしてやりたいのだが、流石にこの人数差に下手を打つことはできない。
そこに、近くにいた西尾から小声で話しかけられる。
(もしもやばくなったらさ、俺たちでなんとかすっから、菊地くんは女子たち連れて逃げてもらえる?)
(……わかった)
こんな時、普段苦手意識がある不良と呼ばれる彼らは頼りになる。
西尾は的確に状況を見極めて、俺みたいなお飾りにも役割を与えてくれる。周囲を取り囲む苅野工業の生徒たちだが、身を挺すれば逃げ道くらいは作れるだろう。
しかし、ここで絶望的な展開になる。
「なにかあったかのか? こんなところに集まって」
新たに現れた男たち。
俺たちを取り囲んでいた集団が道を開け、新たに現れた苅野工業の男たちが改めて俺たちを見定める。既に俺たちは三十人近くの男たちに取り囲まれている。
よくない状況だ。先程までならなんとかなったのかもしれないが、ここまで恰幅のいい男たちに囲まれては逃げ出すことは難しい。
そして、先頭に立って周囲を心配する声をあげた苅野工業の中心的な人物と目が合った。
「あれ? キクちゃんだよな。どうしたんだよこんなところで」