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問題解決

 放課後、下駄箱に急いで向かい待機をする。今日は夕方のバイトもないので今日中に片がつけばいいと考える。

 端末を取り出し、いかにも人を待っていますといった空気を(かも)し出し目的の生徒を待つ。

 そして数分後、部活へ向かう生徒や帰宅をする人たちでごった返す下駄箱付近で、目的の生徒を見つけて、悟られないよう俺も靴を履き替えて後をつける。


 後をつけるのは同じクラスのギャルグループの一つ。

 派手な外見の女子たちの後ろを十メートル程離れて様子を窺がう。しかし、問題解決のためとはいえストーカーをしている気分になる。

 気は進まないが、高校生活で初めて人から頼られて、頼ってきたのは我らが女王様。

 陽代美莉愛の気を引こうなんて考えはないが、少しばかり気張ってみるのもいいだろう。


 それから駅周辺を彼女たちが散策している様子を確認し、周囲に溶け込むよう努力しつつ後を追う。

 普段、学校が終われば家に帰るか、バイト先へ直行していた俺にとってはギャルたちの行動は理解に苦しむ。わざわざ長い行列に並んだり、ゲーセンに入り浸ったり。そんな合間にどうでもよさそうなことで脇目もふらずにギャルたちは大爆笑、いったいなにがそんなに可笑しいのやら。


 午後六時を過ぎたあたりでギャルのグループは解散をした。

 帰りの方向が違うのか、交差点を境に女子たちは別々の道へと歩いて行く。そして目的の生徒が一人になったところで話しかける。まるで辻斬りだ。


「尾田さん、ちょっといい?」

「え、なに、菊地じゃん。なんでここにいるの」


 よかった。もしも『誰?』なんて聞かれればクラスメイトであることから説明をしなければならなかったが手間が省けた。

 しかし目の前にいる尾田は警戒をしている。陽が暮れる住宅街で、普段クラスでも話さない男子から声をかけられれば無理もない。

 そして最初に確認しなければならない。彼女が本当に目的の人物であるのかを。


「鈴木さんと田中さんについてって、言えばわかるかな?」

「――ッ、なんで、菊地がっ」


 当たりのようだ。

 鈴木と田中が投稿していた動画は二次元男子を中心に扱った内容だ。そこで陽代美が言っていた『ネットストーカー』という言葉に疑問を抱いた。

 彼女たちが投稿していた動画は言ってしまえば同好の士に向けられたもの。つまり同じく美少年を愛する女性が主な視聴者層だったことは推測がつく。彼女たちが行った生放送は動画サイト全体で見れば小規模なもの。普段から動画サイトを見ている兄によれば、よほどのことがない限り彼女たちの動画は男性視聴者の目には止まりにくいらしい。

 そこで感想を書き残した人物は女子だと兄は予想した。


「俺が直接頼まれた訳ではないんだけど、二人は感想を書き残した人物が誰かわからなくて不気味に感じているみたいなんだ。尾田さん、今朝から二人のことを気にしていたみたいだから、もしかしたらと思ってさ」


 我ながら滅茶苦茶な言い分である。

 昨夜、兄に相談を持ち掛けたと同時にクラスの内部事情も詳細に話した。

 クラスのギャルグループは三つ。陽代美が属するグループをA、鈴木と田中が属するグループをB、尾田が属するグループをCとする。

 ここで問題になってくるのがBとCのグループ。彼女たちは一年生の頃、どちらがクラスの主導権を握るかの争いをしていた。争うといっても殴り合ったりするわけではなく、クラス内で他の生徒にも聞こえるくらいに互いのグループの駄目な部分を指摘し合ったりしていた。

 結局、陽代美のグループが頂点にたつわけだが、一年の二学期頃まで争いは続いていたと記憶にある。


「ごめん……そんなつもり、なかったんだけど……」

「え?」

「アタシ、二人だってわかって、つい書き込みしちゃって、そしたらなんか他の人たちが騒ぎ始めてさ。だからSNSの方で謝ろうと思ってたら、アカウントが消えてて。どのタイミングで話しかけようか、ずっと……考えてて」


 追求をするつもりはなかったのだが、申し訳なさそうに謝罪と独白を始める尾田。

 簡単な話、尾田は知らずに鈴木と田中が配信している動画のファンだった。しかしクラス内での立場上、互いを避けていたグループで彼女は言いだしづらかったのだろう。

 また、彼女たちが好いている二次元の世界はギャルとは真逆の存在であり、学校内では口にしない隠れた趣味が露見することを恐れたのではないだろうか。


 着飾っているギャルならではの誇りなのか、素直に好きな事柄を自由に発言できないことは窮屈に感じると思うのだが。

 そして尾田は感想を書き残したあとも二人に話しかける機会を窺っていたようだ。ここで陽代美からの相談を思い返す。


 名前を暴露された鈴木と田中は特定をし返したい。しかし、俺が陽代美から受けた相談は穏便な解決であり、二人のやり返したいという考えには賛同しかねる。なので俺は一つの提案を尾田に持ち掛ける。


「尾田さん、メッセージアプリのID、教えてもらえる?」


***


 次の日の昼休み。

 昼食を済ませ、窓の外をぼんやりと眺めていると、近くの席に座るギャルグループの会話が耳に入る。


「アタシさあ、最近は無表情受けって感じのにハマっててさあ」

「なにそれぇ、なんかエモいんですけどぉ」

「つうか、尾田氏さっきから話の内容濃ゆすぎぃ」


 周囲には悟られないようにひそひそと話すオタギャルの三人。 

 そんな彼女たちを不思議そうに眺めるBとCのギャルグループ。昨日までは冷戦下にあった女子たちがある日突然仲睦まじい姿を見せれば疑問にも思うだろう。しかし、少しばかり時が経てばいずれ慣れる。


『二人からお礼を言われた』

『菊地君 ありがとう お疲れ様』


 特に疲れてはいないのだが。陽代美莉愛から届いた(ねぎら)いのメッセージを眺めつつ頭を掻く。

 俺がしたことと言えば、尾田から聞いたIDを陽代美に送り、鈴木と田中へ事情を伝えてもらうよう頼んだだけだ。それ以降、彼女たちの間でどんなやり取りがあったかは知らない。

 それでも、昨日の今日で親友のように語り合う三人を見ればうまく事が進んだのだろう。


 鈴木と田中はネット上の千人近いコミュニティを失った。そのかわりに一人の大切な友人を得た。そして教室内では三つだったギャルグループが四つになった。それだけの話だ。


 心なしか安堵した自分がいる。

 陽代美からの期待に応えられた、そう考えていいだろう。思えば、不思議な体験だった。

 今回の問題解決については、ほとんど兄の助言通りに動いただけ、そして解決の決め手は陽代美が担った。俺は単なる橋渡し、物を右から左へ動かしただけ。平民らしい仕事ぶりだと我ながら思う。


 しかし、それも終わり。これからまた平穏な高校生活に戻っていく。

 人との距離を一定に保つ俺が、校内でとくに虐められることもいじられることも無い平和な日々。割とこんな日常が俺は気に入っているのだ。

 そこで端末がまた振動して、再び画面を見れば信じがたいメッセージが目に入る。


『菊地君にまたお願いしたいことがあるの』


 なんですと?

 振り返り彼女がいる教室の後方へと目を向ければ、ギャル五人衆で談笑をするなか、眉を八の字にしてこちらの様子を覗う陽代美莉愛の姿があった。

 どうして、と思案する前に身体は勝手に動き、端末の画面へと向き直り指を滑らせる。


『了解』


 まだどんな頼みをされるかもわからないというのに、メッセージを送り返してしまった。

 そして、再び彼女の方へとゆっくり振り返れば、先程とは違い満面の笑みを浮かべる女王様の姿があった。

 俺なんかが力になれるのだろうか、スクールカーストの頂点に立つ陽代美莉愛の力に。それでも純粋に嬉しくはある、なにせ陽代美がまた笑ってくれたのだから。

 そして彼女はまた誰かから相談を受けたのだろう、それほど様々な人物たちから頼られる女王様。


 どうやら、我らが女王様はご多忙のようだ。


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