第七節:フリーエージェント、敵を排除する。
キリング・ストーカーは、危険レベルDに分類される人間に似た形の魔物だ。
一見、トレンチコートに帽子を被った人間に見えるが袖が長く、顔の位置と袖口にあるのは空洞と闇だけ。
亜人と違い意思疎通はできない存在で、三つの特性がある。
一切音を立てず、飛び道具を使い……人間を朦朧とさせる無味無臭の成分を、周囲に撒くのだ。
回収された死体を解剖したところ、肉食ながら『移動する植物』に近い存在であると判明している。
袖口から射出される針は植物のトゲに、散布される成分は麻薬に近い効能を持つ粉に酷似しているという研究結果が出ていた。
夜に活動して粉を撒き、捕食対象である生物を無力化して忍び寄って針で仕留める……その行動が通り魔に似ていることからキリング・ストーカーと呼ばれているのだ。
「みゃー」
「は、はい」
トウガが声をかけると、不安そうにこちらを見る彼女はキリング・ストーカーの粉に影響を受けていないようだった。
姿も変化していないので【異界の門】は近くにないらしい、と予測を立てたがそれはそれで厄介だった。
―――門から離れた位置に魔物が現れるのならば、危険度C以上の巨大なものが出現している可能性が高い。
しかしそれにしては、騒ぎになっていないのが異常に感じられた。
門の出現に対応した避難警報すら鳴っていないのだ。
レジの人間の様子を見るに、この場にいる以上の大量のキリング・ストーカーや、別種の魔物が発生していてもおかしくはない。
実際、トウガたちの周りだけでもすでに十体を超える魔物が姿を見せており、こちらを囲んで包囲網を狭めて来ている。
「……自然発生したものではない可能性があるな」
「え?」
「気にするな。それよりも、目を閉じていろ。そして一切動くな」
トウガはアサルト・マシンガンを構えながら、みゃーに告げた。
「な、なんでですか? 逃げないと……」
「心配しなくていい」
キリング・ストーカー自体は恐れるような魔物ではない。
トウガはみゃーを安心させるために、笑みを浮かべた。
「俺が、全て始末する」
「あ……分かりました」
みゃーは緊張した顔のままだったが、一つうなずいて胸元で両手を重ねてぎゅっと目を閉じた。
ーーーそれでいい。
トウガはゆら、と腕を上げた魔物に対応するために、意識を切り替えた。
「合図したら目を開けろ」
そう、みゃーに告げた瞬間。
周りのキリング・ストーカーが、一斉に針を射出した。
トウガは、みゃーの肩の上から太刀を握った右腕を突き出すと、片手だけで風車のように刃を回転させる。
キキキキン! と迫る針を一気に斬り払うのと同時に、自分の顔の横にアサルト・マシンガンを立てた。
カカ、と銃身に二本の針が突き立つが、金属を貫くほどの威力はない。
「……」
トウガは、無言のまま攻勢に転じた。
針が浅く刺さったままアサルト・マシンガンを斉射して三体を屠ると、その場でみゃーと背中合わせになる。
残った魔物がさらに自分に向けて放ってきた針をフルオート射撃の弾幕で破壊しつつ、一体を蜂の巣にした。
同時に、滑るように一歩だけ足を踏み出す。
そのまま大きく体と腕を伸ばして、間近にいたキリング・ストーカーの頭を太刀の先端で串刺しにした。
即座に身を引きながら腕を振り上げて、太刀を背後のみゃーの頭上から投げ落とす。
指示通りに目を閉じて立っている彼女の眼前に迫った針を、シャキン、と刃が両断する音が聞こえた。
次いで、弾切れを起こしたアサルト・マシンガンを、突き立った針を振り落としつつ頭上に放り投げる。
落とした太刀がシュカ、と地面に突き立つ音が聞こえた時には、トウガはジャケットの裾を跳ね上げて、そこに収めた二丁の拳銃を手にしていた。
その場で180°回転しながら拳銃をセミオートで斉射し、青果棚の向こうにいる魔物と、離れた位置にいた数体を始末する。
「後、四体……」
異常な状況だと認識したのか、残ったキリング・ストーカーの挙動が変わった。
それまで散発的に放っていた針が止んで『溜め』と呼ばれる動きを始める。
ショットガンのように、一気に針を放つための動作だ。
みゃーのつむじが見える位置で動きを止めたトウガは、両手をまっすぐに横に伸ばして残りの銃弾を放った。
二体を『溜め』の間に吹き飛ばし、二丁拳銃から手を離して落ちてきたアサルト・マシンガンを受け止める。
動きを止めないまま、トウガはマシンガンから空の弾倉を弾き飛ばしつつ手首を返した。
ガシャン、と腕に巻いた機構が作動し、マシンガンの弾倉が飛び出してくるのを反対の手で取ると、即座に銃底に叩き込んで連射した。
ーーー残り一体。
そのタイミングで、最後のキリング・ストーカーが数十本の針を一気に袖口から放った。
トウガはマシンガンを針の迫り来る方に投げて、みゃーを抱くように横薙ぎに浚う。
体を開きながら逆手に地面に突き立てた太刀を握り締め、素早く振り上げた。
射線上のマシンガンと、斜めに切り上げた刃で針を防いだトウガは半身になり、残りの針をやり過ごす。
最後に、逆手に持ったままの太刀を肩口に構えてーーー全力で、投擲した。
ドン! と重い音を立てて突き立った太刀が、そのまま最後のキリング・ストーカーの体を野菜を置いた木製の台に繋ぎ止める。
沈黙から数秒後、シュゥ、と煙のように魔物の姿が消えた。
「……もういいぞ」
片手に抱いたままのみゃーにそう囁きかけると、少女はうっすらと目を開いた。
そして、いきなり真っ赤になる。
「どうした?」
「にゃにゃにゃ、これはちゅーの姿勢では!?」
「……なんでこの状況でそういう感想が出てくるんだ?」
トウガは、呑気すぎるその反応に思わずため息を吐いた。