第六節:フリーエージェント、少女とデートする。
「気持ちいいですねぇ!」
バイクのタンデムシートに座ったみゃーが、フルフェイスメットの奥ではしゃいだ声を上げた。
トウガが所持しているのは、左右非対称のヘッドを持つクルーザータイプのバイクだ。
ダークレッドにイエローのラインを持つもので、大型バイクに分類されている。
人を乗せているので安全運転だが、風が体を叩く感覚というのはバイク特有のものである。
「もうすぐ着くぞ」
バイクの後ろに座るのは意外と安定するので、わざわざしがみつく必要はない。
自分の両腰に手を添えるだけでいい、と伝えるとみゃーはなぜか残念そうだったが、おとなしく従っていた。
ウィンカーを出し、ブレーキをかけながらクラッチをセカンドまで落とすと、トウガは右折してショッピングモールに入った。
駐輪場にバイクを止めて、みゃーと連れ立って中に入る。
「トウガさん」
「なんだ」
金を下ろしてモールを歩いていると、不意にみゃーが改まった顔で見上げて来た。
「スーツ姿じゃなくてもカッコいいですね!」
「……もう少し、会話に脈絡というものを持つ気はないのか?」
トウガの今の格好は、ライダースジャケットに硬めのデニムというバイクに乗る際のいつもの服装である。
「持っているカバンはちょっとゴツくて物騒ですけど」
「それをあまり表で言うな」
「あ、ごめんなさい」
物騒、というのはトウガの装備のことだろう。
太刀とアサルト・マシンガンを収めたいつものケースを肩から下げて、ジャケットの内側には拳銃2丁とダガーを仕込んでいた。
認可を受けた冒険者でなければ、確実にしょっ引かれるような装備である。
平日であり、ショッピングモールは空いているので邪魔にはなっていない。
「んー、でも何着ても似合うのはスタイルが良いからですかね?」
「その話を続けるのか……それを訊かれても、俺にどうしろというんだ?」
「いえ、どうもしなくて良いんですが、羨ましいなーと思って」
真剣に悩んでいる彼女の服装は、昨日と変わらないロングTシャツにスパッツだ。
それ以外の服装を持っていなさそう、というか届いた私物そのものが少なかったのである。
「別に君もスタイルが悪いとは思わないが」
「にゃ? 本当ですか!?」
「ああ。服装も似合っていると思う」
それ自体は本当のことなので、トウガはうなずいた。
「しかし、バイクに乗る時だけでも必要な物を買い揃えなければな」
「何でですか?」
「コケた時に危ないだろう。せめて上着とズボンくらいは欲しい」
女性は実用性よりもおしゃれさを好む傾向があるので、今の服装の上から身につけられ、すぐに脱げるようなものがいいだろう。
乗らない時は、クルーザーバイクに下げたバッグに畳んで入れておけばいい。
「高くないですか?」
「しばらく一緒に暮らす以上、出かける時は安全に配慮しなければならんだろう。必要なら電車も使うが、出来れば自由に動ける足で移動したい」
雨の時は車の方がいいが、買うと駐車場の代金や維持費がかかるので購入はためらう。
近くにカーシェアがあればそこに登録しておく必要もあるだろう。
そんなことを考えていると、みゃーがなぜかぽやんとしていた。
「なんか、同棲したてのカップルっぽいですね? いやでも、迷惑をかけている気もするのでここは申し訳なさそうな顔をするべきでしょうか……」
「そこを悩むのは、悩んでいないのと同じだぞ。それと、別に迷惑だとは思っていない」
迷惑だと思ったのは、むしろ依頼して来た本条のほうだ。
彼女に関しては自分に決定権もなく、なおかつ養育費ももらっている。
そして別にトウガは、変だとは思っているがみゃーを嫌いだとは思っていなかった。
「にゃふ、そうですか?」
嬉しそうに八重歯を見せて笑みを浮かべた彼女とバイク用品店に向かい服を見繕った後、昼食を取る。
ファーストフードを望まれ、美味しそうにハンバーガーを頬張る彼女を堪能してから、しばらくモールで遊んだ。
ーーーこのモールに来た本当の目的は、遊ぶことだったからだ。
ゲームセンターに行き、最初に遊んだのはUFOキャッチャーである。
「……ち」
「にゃーん外れたー! トウガさん、下手くそですね!」
「そういうなら君がやってみろ」
「いいですよ! むむー……ここ!」
「お。やるな」
「ふふん!」
みゃーが得意げに掲げたのは、デフォルメされた赤鬼のぬいぐるみだった。
次に向かったのはレースタイプのアーケードゲームで、バイク型の筐体にまたがってフルスクリーンの画面の中で走るものだ。
この対戦は、トウガの圧勝だった。
「にゃー! 何でコケるんですかぁ!」
「あれだけ無茶な走行をすれば当然だろう」
「こういうゲームにそういうリアリティはいらないと思います!」
次はコインゲーム。
これはあっという間に二人とも手持ちが尽きた。
「銃で狙いをつける方が楽だな」
「比べるものが少しおかしいと思うんですが……」
最後に麻雀の筐体に向かい、トウガはオンライン対戦で役満を叩き出した。
「これ、すごいんですか?」
「一番点数の高い役だ」
「へー!」
その後、早めのおやつにしてから、ショッピングモールで目をつけていたみゃーの服を購入すると、サービスカウンターで発送してもらう。
最後にスーパーマーケット区画に向かって、細々とした日用品を揃えていった。
食材もストックがあり、共用できる物・来客用に揃えてある食器類などは特に買う必要がない為、バイクで持ち帰っても別にそこまでかさばらない。
一番量があったのはお菓子の類いで、ここが一番趣味が合わなかった。
「少し買いすぎじゃないのか?」
「じゃ、トウガさんが減らしてください! おせんべいとか燻製とかばっかりじゃないですか!」
「そっちこそスナック菓子やチョコレートばかりだろう。食べすぎたら太るぞ」
「そ、それは女の子には禁句ですよ!? 傷つきました!」
「君が太っているとは言っていないが」
トウガは、ぷくっと頬を膨らませて一人で先に歩いていく彼女に、さらに声をかける。
「みゃー」
「何ですか?」
振り向いたみゃーは特に拗ねた様子もないので、フリだったようだ。
そんな彼女に、静かに問いかける。
「今日は楽しかったか?」
「え? ……はい、楽しかったですよ!」
キョトン、とした後に、後ろに手を組んで柔らかく目を細めたみゃーの様子に、トウガは満足感を覚える。
「ならいい」
そうしてうなずいたトウガは、ふと違和感を覚えて足を止めた。
みゃーを手招きして自分の近くに来させると、ショッピングカートから手を離す。
「トウガさん、どうしたんですか?」
「……人の気配が、消えている」
「え?」
突然、人の姿が消えた、というわけではない。
平日で主婦や仕事帰りの人々が夕食の買い物に訪れるにはまだ少し早い時間だが、視界の中にいないだけで気配はあった。
しかし今は、喧騒そのものが止んで、店内音楽だけが空疎に流れている。
トウガのカンが、異常を訴えていた。
棚の隙間からレジの方に目を向けると、軽く口を開けて両手を垂らし、棒立ちになっているレジ店員が見える。
その女性は、目の焦点が合っていないまま宙を見つめていた。
「……みゃー、俺の近くから離れるな」
トウガたちがいるのはスーパーの催事コーナー、少し広くなっているスペースである。
軽くショッピングカートを蹴り出し、武器を収めたケースを床に降ろしたトウガは手早くケースを開いた。
太刀とアサルト・マシンガンを手にして立ち上がると、棚の間や青果台の向こうなどから、ゆら、ゆら、とこちらを囲むように姿を見せた者たちがいる。
もう夏に入りかけているというのに、トレンチコートのような服を身につけて帽子を目深にかぶった、男のように見える者たちの姿。
「キリング・ストーカーだと……」
「な、何ですかそれ?」
みゃーの問いかけに、トウガは眉根を寄せながら答えた。
「魔物だ。―――このモールのどこかで【異界の門】が開いている」




