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第四節:フリーエージェント、少女の真実を知る。


「……本条」

『どうした。しばらく顔を見せるなと言った割にはすぐに電話をかけてきたな』

「茶化すな。……みゃーは、親元に帰れないのか?」


 身柄を預かった、という以上の話を、トウガは彼に聞いていなかった。


 母親から本当に見捨てられたのではないのなら、警護という形でも彼女の保護は可能なはずだ。

 そうでなくても、あるいは外見に関する制御が出来るようになれば戻れる可能性は残されているのか。


 ーーーみゃーが少しでも、健やかに過ごせる暮らしがどこかに残っているのなら。


 そんな望みとともに問いかけたトウガに対して、本条は少し沈黙してから答えた。


『……先ほど、彼女の前では話せなかったことがある』

「なんだ」


 彼の声音が少し低くなったことで、トウガはそれがいい知らせでないことに気づいた。


 だが、想定済みのことだ。

 話を聞いて、何か自分が考える手がかりがつかめるのであれば、聞く価値がある。


 しかし本条が続けた言葉は、トウガの予想をはるかに超えたものだった。




『彼女に、親類などいない。それどころかーーー戸籍そのものがない』




「……どういうことだ?」

『そのままの意味だ。猫宮みやなどという少女は、出生記録すらない。彼女の話を聞いて、うちのチームで調べた。……あの子に与えられているのは偽りの記憶だ』


 戸籍がない。

 偽りの記憶。


 トウガは、一度気分を落ち着かせるためにアロマ・シガレットをふかす。

 そしてなるべく苛立ちを抑えて、本条に言い返した。


「お前の物言いは、いつも端的過ぎる。最初から状況を説明しろ」

『ああ。……彼女自身への説明のために国から預かったことにしてあるが、俺たち最初に彼女を見つけたのは【異界の門】に関する違法な研究をしていた施設だ』

「違法な研究……どこの組織だ?」

魔物生態研究所フラグメント・ラボラトリィ


 本条の口にした名前に、花立は大きく息を吐いた。


 魔物の死体については、現在、危険のない範囲での活用が認められている。

 時間制限のある【異界の門】の中で確保する性質上、数を揃えられず高級品扱いだが、頑丈な素材であったり有益なワクチンを作れたりするのだ。


 基本的には半国営企業の研究素材であったり冒険者の装備として利用をされているが、より危険で踏み込んだ研究を行う非認可の組織も存在する。


 ラボは、そうした組織の一つだった。

 その実態は不明で、定期的に居場所を変えるためどの程度の規模なのかも掴めていない。


 だが、魔物の細胞を培養してこちらの世界で復活させる、などという研究をしている可能性が、残された痕跡から示唆されている組織だった。


「……彼女は」

『おそらくは、奴らの実験体だろう。人間の少女を改造したのか、魔物の細胞を使って作られたのか、あるいは『亜人』そのものかは、分からない』


 だが、健康診断と偽った検査では、人間の姿をしている時は完全に人間であるという結果が出たらしい。


 トウガは事務所と奥をつなぐドアに目を向けた。

 みゃーは部屋にいるだろうが、少なくとも今の情報を多少なりとも漏らすような言葉は口に出来ない。


「……だから俺に預けたのか」

『接したのなら分かるだろう。彼女は偽りの……おそらくは植えつけられた記憶を完全に信じ込んでいる。門がなければ変態もしないごく普通の少女だ」

「そこで情を見せるのはお前くらいだ、本条」


 普通なら、どれほど危険がないと判断したところで、外には出さないだろう。

 そこで実験体の少女の心を気にするような考えに至る者そのものが、少ないに違いない。


「大体、バレたらどうするつもりだ?」

『バレはしない。ラボを突き止めたのもうちの子飼いの連中で、この件に国は関与していない。ーーーしていたとしても、黙らせるが』

「そこも嘘か。そうやって喧嘩を売るようなことばかりしていたら、その内後ろから刺されるぞ」

『お前にか?』


 本条はそこで初めて、声音におかしげな色を浮かべた。

 トウガは首を横に振って言い返す。


「国にだ。これは、お前自身が危険分子として指名手配を受けかねない話だぞ」

『保身のために1人の少女を犠牲にするのなら、その前に俺自身がこの手で始末している』


 さらっと本条が言い放った言葉に、トウガは押し黙った。


 ギリギリまで考えた末に、相手が生きることそのものが今後苦痛に満ちたものにしかならない、と判断したのなら。

 自らの心を押し殺して殺す、という選択を取るのが本条という男だった。


 それは、彼の持つ、自分にはない厳しさだった。


「……〝正義を騙る修羅〟は言うことが違うな」

『〝紅蓮の鬼神〟と呼ばれたお前ほどの強さは、俺にはないからな。……甘いままに守るべきものを守れるから、俺はお前をチームから離したんだ」


 口にした異名は、お互いの冒険者としての二つ名だった。


 トウガは、本条の冒険者チームの副長だったのだ。

 そして、解雇を言い渡された時と同じ言葉を彼は口にした。


『お前は守るべき者がいた方が強い。だが、多ければお前にとっては枷になる。ーーー少女1人なら丁度いいだろう?』

「いつも都合のいいことばかり言いやがって」

『花立。俺には出来ないことをしてもらうために、お前には自由になってもらったんだ。頼まれてくれないか』

「……貸し一つだ。今度は断らんだろう? 嘘をついて騙そうとしたんだからな」

『仕方がないな』


 聞きたいことは聞き終えた。

 本条がラボの施設を襲撃して彼女を確保したのなら、それはつまりラボから花立やみゃーが狙われる可能性がある、ということだ。


 実情が分かったなら、これからどう行動すれば良いのかもおのずと理解出来る。

 本条は彼女を鍛えることを望んでいるのではなく……ただ、当たり前の暮らしをさせようとしているのだ。


「切るぞ。依頼はきちんと遂行する」

『ああ、助かる。……ありがとう、花立」

「そう思うなら、次からふざけた真似をするな」


 花立はそう告げて、通話を切った。

 



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