表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/12

第三節:フリーエージェント、少女のすすり泣く声に怒りを覚える。


 ーーー悪くはないな。


 シャワーを浴びて出て来たみゃーに対して、リビングの椅子に座ったトウガが抱いた印象はそれだった。

 彼パジャマ、というのは実物を見ると言葉以上の破壊力を持っているようだ。


「に、似合いますか?」

「目の毒な程度にはな。そちらの部屋を少し片付けて布団を敷いた」


 トウガは、自分のブカブカのパジャマを着てハンドタオルを首にかけ、口もとに両手を当てている彼女から目をそらした。


「完全に片付けるのはまた明日になるが、今日はそちらで寝てくれ。新しい歯ブラシなどは洗面所の棚にあるから好きなものを使え」

「……」

「なんだ?」


 ミネラルウォーターをコップに注いで渡すと、みゃーは小さく首を横に振りながらおずおずと言った。


「トウガさんって気が利きますよね。私、言われるまで歯ブラシないことに気づきませんでした」

「他にもクシやドライヤーくらいはあるが、それ以上のものはないぞ。必要なら自分で揃えろ」

「お金もあんまりないんですが……ここまでしてもらってもいいんでしょうか?」

「養育費は振り込まれているらしいからな」


 そこまで言って、トウガはダイニングテーブルをトントン、と指先で叩いた。


「座れ。……あらためて、君の体に関する質問がしたい」

「胸のサイズはBです。あまり大きくなくてごめんなさい」

「誰もそんなことは聞いていない。というか口にするな」


 彼女の恥じらいポイントがイマイチ分からない。

 水のコップを手にしたまま椅子に腰かけた彼女に、トウガはため息を吐いてから話の続きを切り出した。


「何か、今までの日常生活で違和感を覚えたことはなかったか? あるいは、今回の異変が起こるより前に【異界の門】と接したことは本当にないのか?」

「どういう意味でしょう?」

「たった数回、門に触れただけなら、君の変化は急激過ぎるんだ」

「え?」


 トウガの言葉に、みゃーは形の良い目を大きく見開いた。


「門がなぜ現れるのか、異界というのは何なのか……その原理は完全には解明されていないが、人間が異界の影響を受けることは分かっている。それも長く触れれば触れるほどに」

「そうなのです、か?」

「公表はされていないがな。しかし今まで、君のように顕著な影響を受けた者たちは、門に長く接したか、あるいは門の中に入った者ばかりなんだ」


 彼女の言葉が全て真実なら、たった一回の接触で影響を受けた最初の一人ということになる。


「私みたいな人が……いるんですか?」

「……いないわけではない。が、君と同じかどうかは分からない」


 トウガは、みゃーの質問に慎重に答えた。

 彼女にどこまで情報を与えていいのか、という部分を本条と詰める必要があるだろう。


「思い出してくれ。本当に全く、門を間近に見たことはないか?」


 言われて、みゃーは少し考え始めたようだった。


 世間的には、門はただ突然現れて異界の魔物を吐き出すだけの存在である。

 が、真実はもっと過酷だ。




 ーーーこの世界は、異界と融合、あるいは併呑されようとしている。



 

 その事実を知っているのはごく一部の人々と、本条のような対異世界の最先端にいる冒険者のみだ。

 

 デジタルイラストを描く際の多層レイヤーのように、この世界と異世界は現在重なっているらしい。

 詳しい理屈はともかく、それが徐々に結合していっており、最終的に全て結合して一つの絵になろうとしているようなものだ、とトウガは説明を受けていた。


 対処法は分かっていないし、結合した後にどうなるのかも不明だ。

 トウガたち冒険者に出来るのは、現れた魔物が危険であれば退治し、危険のないものであれば保護をすることだけだ。


 その中には、みゃーのように異界の影響を受けた者の保護も含まれている。


 彼女は伏せていた目を上げると、やっぱり首を横に振った。


「本当に今まで見たことがないです。ニュースの中の出来事だったり、学校で門が出たって言われて言われて避難したことくらいしか」

「……そうか」


 門の影響のうち、こちら側の生物の全身変質というのはほとんど末期段階に当たる。


 与えられた変化に適合出来るかどうかは個人の資質によるが、最初の影響は精神面だったり、ほんのわずかに体の末端に変化が出るくらいなのである。


 これ以上は何も出てこないだろう、と判断したトウガは、みゃーに告げた。


「では俺は風呂に入ってくる。テレビをつけてもいいし、先に寝るなら歯磨きやドライヤーの間くらいは待つが」

「えっと……疲れたから先に寝たいです……」

「分かった」


 身支度を終えて、おやすみなさい、と部屋にみゃーが消えた後、風呂に入ったトウガはリビングで微かな音を聞いた。

 残ったミネラルウォーターのペットボトルを飲み干してから耳を澄ますと、音はみゃーの部屋の方から聞こえてきていた。


 それは、すすり泣くような声だった。


 それを聞いて、トウガは静かにペットボトルを置くと、アロマ・シガレットを取り上げて一吸いする。


 ーーー不安でないわけがないだろうな。


 彼女の口ぶりから察するに、異変が起こったのはほんの数ヶ月前、下手をすれば数週間程度のことだろう。

 その間に親元から離され、学校にも通えず状況に翻弄されるのは、あの年頃の少女には酷な話だ。


 異変が制御出来ないのなら、彼女がせめてまともに暮らすためには冒険者になるしかない。


 だからこそ本条は、彼女をトウガの元に寄越したのだろう。

 出来る限り元の暮らしに近い環境で、少しずつ慣らすために。


「……それでも、もう少しやりようはないのか」


 誰にぶつけたらいいのか分からない怒りを覚えながら、トウガはスマホを手にして事務所へ向かった。

 ここなら、みゃーに会話は聞こえないだろう。


 トウガはスマホの番号を検索して、本条に電話をかけた。

 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ