第一節:フリーエージェント、魔物を退治する。
【異界の門】は、別の世界とこちら側をつなぐ入り口である。
この場には全く似つかわしくない、まるでゲームに出てくる魔王の城につながる門のように禍々しい形状をしていた。
大きさは大体、185センチ程度のトウガと同じ程度だ。
完全に実体化すると、重厚な金属で出来た両開きの大扉がギギ、と音を立てて開き始めた。
「来るぞ。君はその場を動くな」
トウガが背後のみゃーに告げるのと同時に、開いた門から黒い影が三つ飛び出してきた。
「……シャドウアニマルか。やはり大したレベルの門ではないな」
大型犬サイズの四足獣を見て、トウガはうなずいた。
門は大きさによって出てくる魔物の種類が変わり、大きければ大きいほど、強かったり巨大だったりする個体が出現するのだ。
シャドウアニマルは、影のような質感の体を持つこと以外は普通の犬とほぼ変わらない魔物である。
危険レベルも5段階のうち最低レベルである『E』に指定されていた。
「さっさとくたばれ」
こちらの周りを警戒するように半円で囲んだシャドウアニマルに対して、トウガはアサルト・マシンガンを構えて引き金を絞った。
タタタ、という軽い音と反動とともに、銃弾が発射される。
『ギャン!』
弾が直撃した魔物が悲鳴を上げて吹き飛び、空中で消滅した。
「このサイズの門ならば、さほど長時間は出現していないだろうが……」
仲間がやられたのを見て、残りの二匹がこちらに飛びかかってくる。
トウガは、空中の一匹をさらにアサルト・マシンガンで射撃した後、足元から接近してきた別の一匹に向けて片手で太刀を振るった。
二匹のシャドウアニマルは、最初の一匹と同様に致命傷を受けて消失する。
「ザコにいつまでも構っている暇はないからな」
開いた門の向こうにトウガはさらに魔物の気配を感じたが、それが飛び出してくる前に残った銃弾をフルオートで撃ち込みながら駆け出した。
接近すると同時にアサルト・マシンガンを放り出し、大きく踏み込みながら両手で太刀を持って門に斬りかかる。
キィン! と切り裂いた門の手応えは、見た目よりもはるかに柔らかい。
そのままズルリ、と両断した位置から斜めにズレると、門は、パキィンと軽い音を立てて破裂した。
その残滓が宙に溶けるように消えると、トウガは軽く息を吐きながら身を起こす。
「……仕方がないが、ほとんどタダ働きだな」
この程度の門を潰したところで、報酬はたかが知れている。
レベルEクラスだと、門自体が長くても30分程度で消滅する上に魔物自体の行動範囲も狭い。
最悪、コンビニの周りから人を退避させれば放っておいても問題ないのだ。
「無事か? ……!」
放り投げたアサルト・マシンガンを拾い上げたトウガは、後ろにいた少女を振り向いて……思わず銃口を向けた。
「みゃう!? う、撃たないでください!」
あわてたようにブンブンと両手を振る相手が漏らした声は、みゃーのものだった。
「……なんだその姿は」
慎重に銃口を下ろしたトウガは、首をかしげて問いかけた。
みゃーの姿が、先ほど見た時と服装以外まるっきり変わっていたのだ。
真っ白な雪のような肌は、滑らかな褐色に。
明るい茶色の瞳が、良質なエメラルドのような鮮やかな色合いに。
黒いショートの髪は長さこそ変わっていないが、きらめく銀にそれぞれ変化している。
そして、一際目を引く箇所が二点。
頭に生えた髪と同じ色の毛皮に覆われた猫の耳と……映画のシザーハンズのように鋭く長い、刃のように伸びた両手の爪だ。
〝猫娘〟ーーーみゃーの姿を見てトウガの頭に浮かんだのはそんな単語だった。
「君は亜人だったのか?」
「ちち、違います! これはその……」
みゃーが何かを説明しようとした時、無人コンビニの自動ドアが開いて誰かが姿を見せた。
トウガが目を向けると、黒いTシャツに黒ジーンズというラフな格好の、サングラスをかけた二十代くらいの男がこちらに近づいてくる。
男は、逆十字のヘッドを下げたネックレスを首から下げていた。
「それに関しては、俺の方から説明しよう。花立」
中肉中背で、あまり特徴のない……よく見知った男が、小さく微笑みながら低く言うのに、トウガ軽く睨みつける。
「どういうつもりだ?」
「彼女の問題を口で説明するより、見せた方が早いかと思ってな」
ジーンズのポケットに片方だけ手を突っ込み、男はアゴをしゃくった。
「お前の事務所に移動しよう」
現れたのは、トウガが以前所属していた冒険者チームのトップ。
ーーートウガを解雇した張本人である男、本条ハジメだった。




