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第十一節:フリーエージェント、古馴染みに真相を明かされる。


 その後、トウガたちは事情聴取を受けた。


 実際の状況とは違うが『門の出現』ということで押し通すらしい。

 というのを、トウガは翌日に事務所を訪れた本条からたった今聞かされた。


「損害は出たが、ラボが動いたことが確認できた。これは収穫だ」

「のんきなことを言っている場合か」


 トウガはソファに座って足を組んでいる本条を睨みながら、アロマ・シガレットの煙を吐き出した。


「みゃーがいつ奴らに狙われるかわからないこの状況を、どうするつもりだ?」


 トウガがデスクの隣に立つ少女に目を向けると、本条はごく平静に答える。


「彼女の保護プログラムは既に構築されている。国側との協議も終えた」

「……どういう理屈で、だ?」


 そもそも、彼女の特異性を鑑みて秘密裏に奪取してトウガに委託したのではないのか、というトウガの疑問に、本条は一応出してやった麦茶を飲んでから返答した。


「言い方は悪いが、みゃーを囮に使わせてもらった。ついでに、お前の審査をした」

「審査だと?」

「順を追って説明する」


 本条は手でコップを遊びながら、室内でも外さないサングラスの奥からこちらを見る。


「お前を外に出向させた後。俺はチームと一緒に一つのプロジェクトを始めた」


 異界に関する事象を総合的に研究し、【異界の門】から現れる亜人や魔物を始末、あるいは保護するためのプロジェクトと、それを遂行する組織。


 そうしたことを行うために、水面下で動いていたらしい。


「現行の制度では不十分だと判断したということか?」

「十分だと思っていたのか?」


 問い返されて、トウガは軽く息を吐いた。


「いや。思ってはいなかったが……そうした組織を作れる可能性も低いと思っていた」


 総合的に、ということは小さくても日本政府主導、大きく見れば国際的な動きになる。

 各国との対応協議や異界への対抗措置のすり合わせ、生臭い話をするなら発生する利権など、そこにはさまざまな問題が横たわっているからだ。


 まして現状では、異界や【異界の門】について分かっていることは少ない。

 今後、向こう側について判明する事実が利になるのか損になるのかすらも分からないのだ。


 【異界の門】の向こう側は異界そのものではなく、そこに繋がる通路のようなものだというのが通説だったが、それにしたって推測に過ぎなかった。


「魔物が本当に異界の存在であるのかどうか、すら、本当は曖昧だろう。こちら側からはたどり着けないのに、向こうからは亜人や魔物が現れる」


 中に突入すると洞窟や通路、あるいは何かの施設に類似した空間に見えるが、その最奥に至った者は未だにいないのだ。


「分かってないんですか?」

「ああ。難航している理由は、入った後のタイムリミットのせいだ。門は時間が経つと消える。それまでの間にこちらに戻って来なければ、向こうに取り残されることになる」

「取り残されたら、どうなるんですか?」

「戻ってきた例はない」


 トウガの言葉に不安を覚えたのか、みゃーは自分の首輪に手を触れた。

 本条が、会話の機をはかって再び口を開く。


「門は、徐々にその現出時間を延ばしている。特に顕著なのが、上位に当たる強力な魔物を吐き出す門だ。……現在、米国で確認された二週間が最長記録になっている」

「……」


 トウガがチームに所属していた段階で、最長記録は一週間だった。

 それからたった三年で、倍。


「どうやって対処した? 現れた魔物も生半可な強さではなかっただろう」

「そこだ。その時に、門外での変容を行える者が初めて・・・公的に確認された。その後から、明らかに変容した者による犯罪がこちら側で起こるようになった」

「……聞いていないぞ」


 トウガは眉をしかめて、本条を睨みつけた。


 【修羅の群体アンチボディ】が変容した冒険者の集団であることは秘匿されている。

 そして、本条の周りにいればこちらの世界でも変容が可能ということも。


 本条が黙ると、みゃーがまた口を挟んできた。


「変容、っていうのは、私やトウガさんが別の姿になることですよね?」

「ああ」

「それって、珍しいんですか?」


 みゃーの質問に、トウガはアロマ・シガレットの煙を吐きながら、本条に言った。


「教えていいんだな?」

「構わない。彼女はお前の正体を知ったんだろう?」


 その返答に、トウガはみゃーを見た。


「極めて稀有な例だ。……例だった、と言ったほうが正しいな。本条の冒険者チームが群体と呼ばれているのは、俺たちが本条を本体としたコロニーを形成しているからだ」


 みゃーは戸惑ったように眉をハの字に曲げた。

 

「どういうことですか?」

「変容は基本的に門の中でだけ起こる。異界の法則によって引き起こされるものだからな」

「でも、トウガさんが変わった時、本条さんいませんでしたよね?」

「ああ。だから君は特殊なんだ。……俺は、本来ならば俺たちの長である本条がいる場所でだけ、こちら側での変容が可能になる。詳しい理屈は知らん」


 極小の【異界の門】に類似するものが、恒久的に本条の心臓の位置にあることは聞いていたし、みゃーの中にも同様のものがあるらしい。

 しかしそれが、どういう理屈で形成・維持されているのかは知らないのだ。


 わからないことをこれ以上伝えても不安にさせるだけだろう。

 トウガはそのまま話を続けた。


「だが、俺たちの変容と似たようなことが、米国で出現した門で起こった。そうだろう?」

「ああ。最初は魔物に押し込まれていた米国の冒険者たちは、門の外での変容が可能になってどうにか魔物を倒した」


 トウガの言葉を、本条が引き継ぐ。


 その後、米国のチームは内部突入班が魔物を抑え込み、外部班が門の破壊に取り掛かったのだそうだ。

 退治から破壊までに要した時間が、二週間。


「下手をすると、その門はさらに長時間出現していた可能性もある。これ以上は一刻の猶予もないと各国が判断したのが、組織を作る追い風になった」


 冒険者、と呼ばれる人々は、現状でも【異界の門】の脅威から市民を守るフリーランス。

 また同様に、【異界の門】を解明しようとしている様々な研究機関。

 そして、当然防衛軍や司法組織を活用して、同様にことを行っている日本国が収集している個別事例のデータベース。


「根本研究を行う上で、それらの知識の集約が行われる組織が必要だった。俺たちは今のままでは、あくまでも一冒険者の立場に過ぎない」


 本条の語り口はいつも静かだ。

 だがこの男は、必要だと思えばどんな苛烈な所業もためらわない。


「君に預けたみゃーは、中でも特異な例だが……冒険者の中には、変容を受け入れた者も増え始めている」


 その力を悪用したとしか思われない不可解な事案に関わっていたのが、ラボを含む複数の組織らしい。


「それらにも対処していかねばならない。今回はラボの直接的な関与を、向こうの口から聞けた最初の事例だ……そこで、最初の話に戻る」


 みゃーを囮にし、トウガを審査した、という件だろう。

 本条はコトリとコップをテーブルに置いて、膝に両腕を預けた。


「組織は結成し、現在は人手を集めている。審査というのは、お前の戦闘能力を……『風間ジロウ』ではなく、花立トウガとして評価して、組織に編入させるためのものだ」

「……俺に戻れというのか」

「住む場所や行動は今まで通りでいい。変わるのは、みゃーの周りには姿を見せない護衛がいて、お前が組織のエージェントとして異界問題に関わる身分を保証されるということだけだ」


 格段に動きやすくなる、と本条は続けた。


「日本における組織のリーダーは俺だ。正式に内閣総理大臣の承認を受けている」

「……一つだけ言わせろ」

「なんだ?」

「二度と、断れない状況になってから俺に種明かしをするのをやめろ」


 トウガが怒気を放つと、みゃーが怯えたように身をすくませた。


「俺がその要請を、断るとでも思ったのか?」

「……いいや、花立」


 本条は満足そうに微笑むと、音も立てずに立ち上がった。


「そういうお前だからこそ、俺は信頼してチームから出し、みゃーを預けたんだ。だが、今後は善処しよう」


 そのまま出て行こうとする本条の背中に、トウガは声をかける。


「一つ大事なことを言い忘れているぞ」

「なんだ?」

「お前が作った、その組織の名前は?」


 本条はドアノブに手をかけたまま振り向くと、微笑んだままこう告げた。




「ーーー対異界問題研究機関【アンチボディ】、だ」



 

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