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第十節:フリーエージェント、少女と対話する。

「みゃー」

「トウガさん……」


 戦闘を終えて、舞い散った火の粉が視界の中で宙に溶けていくのを見ながら振り向いた先で。


 みゃーは、不安そうな表情を浮かべたまま佇んでいた。


「どうした?」

「私は……人間ではないんでしょうか」


 その問いかけに、トウガは危険な兆候を感じた。


「どうしてそう思う」

「だって、あの人は私を作ったって……」


 みゃーはバカではない。

 少しズレたところもあるが、不安を覚え、声を殺して枕を濡らすような普通の少女だ。


 そして、言動以上に賢い。

 トウガは少し考えてから、みゃーに返答した。


「君を作り替えたのは本当だろう。だが、君の記憶が作られたものだという発言は信じるに足る話ではない」

「え……」

「あの女は言った。君は『奴らが作り出した【異界の門】に適合した』のだと。……つまり、人としての君までを作ったわけではない、ということだ」


 トウガは嘘をついた。

 本条は、彼女の戸籍は存在しないとはっきり告げたのだ。


「そう、なんですか?」

「ああ。君の家族はきちんと存在する。……君のことを、どう思っているかはわからないが」


 もしかしたら、『猫宮みや』という名が与えられたものであり、実際は他の名前でどこかに家族が存在するのかもしれない。


 しかし美女の発言と合わせれば、向こうの言葉が真実である可能性の方が高かった。


 それでも、トウガは嘘をつく。


 ―――俺の仕事は、彼女の『保護』だ。

 

 たとえ、記憶が偽物であろうとも。

 トウガが知り合った時からみゃーはみゃーであり、自我が芽生えた時から彼女の人生は始まっているのだ。


 トウガは目を伏せたみゃーに歩み寄った。


「みゃー」


 赤い外殻で覆われた手で刃の異形と化している彼女の腕を取る。

 その爪が、耳から顔にかけての銀の毛並みが、ざわめいてさらに彼女を変容させようとしていた。


 トウガは焦りを覚えたが、それをみゃーに見せてはならない。


「君のその姿は、君の恐怖に反応して現れる」


 トウガは、あえて断言した。


「先日、俺と会った時もそうだった。【異界の門】と、そこから現れる魔物に君は恐怖を感じている」


 だが、それも嘘だ。

 彼女がどういう理屈で変容するのかなど、トウガは知らない。


 しかし、異形と化した肉体をコントロールする方法は知っている。


「心を強く持て。みゃー」


 【異界の門】の中で変容を受け入れてなお、自我を保ち続けた者たちは強い芯を持つ者ばかりだった。


 譲れない何かを、自らの肉体という『人』としての拠り所を失っても『己』を持つこと。

 それが変容を受け入れ、力を制する最上の手段なのだ。


 嘘でもいい。

 まやかしでもいい。


 自分は自分だと信じるに足る、魂の拠り所となる想いを抱くことができればいいのだ。


「君は、この姿になった俺を化け物だと思うか?」


 トウガは屈み込んだ。

 鬼面の瞳でみゃーを覗きこむと彼女は息を飲んだが、やがてかすかに首を横に振る。


「……いいえ。どんな姿でも、トウガさんは、トウガさんです」

「なら、みゃー。君も君だ」


 彼女の腕を握る手は離さず、さらに言葉を重ねる。

 

 この問題は、力では解決できない。

 人の心は繊細で、扱いづらく、すぐに揺らぐ。


 ……しかしその心が壊れるのを、トウガは許容しない。


「脅威は去った。君はもう怯えなくてもいい」


 守ってみせる。

 人を救うのに、暴力だけでは足りない。


 今彼女に必要なのは、言葉の力なのだ。

 

「異形の姿は、制御可能なただの力でしかない。俺の、そして君の魂がここに在ることこそが、俺たちが人間である証なんだ。……解殻」


 トウガは、呪文をつぶやいて元の姿に戻る。


「あ……」


 みゃーは無意識にか、軽く口を開いてトウガに握ったのと反対の手を伸ばす。

 その爪先がこちらの頬に触れて、皮膚が裂ける小さな痛みが走った。


 落ち着きかけていたみゃーの目に怯えの色が戻るのを見て、目をそらさずにその頬に手を当てた。


 そして、微笑みかける。




「俺は人間だ。ーーーだから君も、化け物なんかじゃない」




「化け物じゃ、ない……」

「そうだ。自分を信じることが出来ないのなら、俺の言葉を信じろ。君はただの人間だ。どこにでもいる、普通の少女だ」


 昨日知り合ったばかりの彼女は、今日、ショッピングモールで本当に楽しそうに遊んでいた。

 最後は散々になったが、トウガにとってはそんなみゃーの姿を見れただけで十分だったのだ。


「安心しろ。誰に何を言われようと、俺が君を守る。今後もずっと」


 ラボを壊滅させ、彼女が安心して過ごせるようになる時まで。


「ずっと……」


 そのつぶやきと共に、みゃーの姿が少しずつ変わっていく。

 やがて元の姿に戻ったみゃーは、はにかんだように笑いながら小さく肩をすくめた。


「トウガさん……」

「ああ」


 安堵を覚えながら問い返すと、みゃーは吐息を漏らすように恥ずかしそうに、こう続けた。

 

「なんだか、プロポーズされているみたいで良いですね」

「……君は一体、何を言っているんだ?」


 先ほどまでの様子が嘘のように……みゃーは、元の調子を取り戻したようだった。

 

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