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序章:フリーエージェント、猫娘と出会う。

※作中誤表記として訂正いただく兵器名称に関しては、分かった上でやっております。予めご了承ください。


「あの、花立はなだてトウガさん……ですか?」


 夜、明かりの灯った無人型コンビニの前に立っていると、黒髪ショートの少女に話しかけられた。


「君は?」

「私、猫宮ねこみやみやと申します!」


 少女がニコニコと答えるのに、トウガは感じたことをそのまま告げた。


「猫々しい名前だな」

「よく言われます。気軽にみゃーちゃんとお呼びください!」

「いや、呼ばんが」

「ではみゃーと呼び捨てに!? やだ、なんかちょっと親しげでいいですね」


 嫌なのか良いのかどっちなのだろう。


 どこからどう見ても、彼女は自分の待ち合わせ相手ではない。

 しかし名前を呼ばれたところを見ると、こちらのことを知っているようだ。


 両頬に手を添えて恥ずかしそうな様子を見せるみゃーを眺めながら、トウガはさらに質問を重ねた。


「もしかして、君があいつの代わりに来たのか?」

「あいつ?」

本条ほんじょうという男だ」


 トウガはスーツ姿で、ある冒険者チームのトップを待っているところだった。


 冒険者というのは、【異界の門(ダンジョン・ゲート)】から現れる魔物の退治したり保護する者たちの総称である。


 本条は自分を冒険者チームから解雇した張本人なのだが、別に仲が悪いわけではない相手だ。

 みゃーは、こちらの言葉にあっさりうなずいた。


「そうです。本条さんに、ここで花立トウガさんに会うように、って言われました!」


 トウガは思わず眉根を寄せた。


 本条は悪い男ではないのだが、こうしてたまに厄介ごとを押し付けてくるのだ。

 しかも『迷子の子猫を保護してほしい』と言われて、現れたのは目の前にいる少女である。


 嫌な予感がひしひしする。


「えっと、ちょっと待ってくださいね。伝言を預かってます!」


 みゃーはごそごそとポケットを探り、猫の頭をかたどったメモ用紙を取り出して内容を読み上げた。


「『この辺りで問題が起こるので対処してくれ。依頼の報酬は子猫の養育費と一緒に振り込んでおく』だそうです!」

「……あの野郎、なし崩しで押し付ける気か」


 電話口で、依頼を受けることを了承した覚えはないのだが。

 しかしみゃーは別の部分が気になったようで、指でこめかみの辺りを掻いた。


「えーっと、子猫って私のことですかね?」

「そうだろうな。この場には他に誰もいない」

「これでもれっきとした高校三年生なのに! 納得いかないですねー」


 高校生は子どもだろう。

 内心でそう突っ込みつつも、口には出さなかった。


 自分が高校生の頃に同じことを言われたら、少なくとも良い印象は抱かないだろうからだ。

 トウガは、みゃーが目の前でポケットにメモ用紙をしまおうとするのをヒョイ、と取り上げた。


「にゃ?」

「これは預かっておく」


 トウガは、仕事に関する情報はどんな些細なことでもシュレッダーにかける主義だった。


「えっと、これからどうするんです?」

「君がそれを俺に聞くのか」


 依頼主である本条は、一体どういうつもりでこの子を一人で寄越したのか。


 トウガは考えながら、メモをスーツの胸ポケットに突っ込んでアロマ・シガレットを取り出した。


「少ししたら厄介ごとが起こるらしいからな。しばらく待つ」


 彼女の素性に関してはまた後でじっくりと聴かせてもらおう、とトウガが煙を吐きつつ言葉を返すと、少女は少し眉をひそめる。


「それ、タバコですか?」

「いや」


 煙を手で払う少女に向けて、手の中にある銀色のそれを振ってみせた。


「この煙はバニラアイス風味の水蒸気だ。体に害があるものは全く入ってない」

「へー。そんなものがあるのですか! あ、いい匂い」


 少女は興味を持ったように、目鼻立ちの整った顔をアロマ・シガレットに近づけてくる。


 彼女はロングTシャツにスパッツ、足元をスニーカーで固めた活動的な服装をしており、白い首に少し目立つ赤い首輪を巻いていた。


 彼女はアロマ・シガレットからすぐに興味を失ったようで、別の話題に移る。


「トウガさんはどういったお仕事をしてるんですか?」

「ただのフリーターだ」

「それは意外な!?」


 意外らしい。

 驚いたジェスチャーの後に、みゃーはすぐに首をかしげた。


「でも、さっきのメモに依頼って書いてありましたし、探偵さんとかそういうお仕事をしてるのでは?」

「たまに真似事はするが、別に本職ではない。逆にどんな仕事をしているように見える?」

「それが分からないから聞いてるんです!」


 みゃーはビシッとこちらを指差してきた。

 それはなかなか失礼な仕草だと思うが、自覚はあるのだろうか。


「まずヨレヨレじゃないスーツ姿です。でもヤクザ屋さんとはちょっと違う感じ」

「ああ」

「次に、それなりの年齢なのに結婚はしてなさそうです。指輪もないですし」

「それも正解だな」

「最後に、地雷な人にしては顔つきが結構カッコいいです!」


 みゃーは、グッと拳を握りしめて力説した。


 それが仕事とどういう関わりがあるのかはイマイチ分からなかったが……トウガはコンビニの前にある個人医院に目を向ける。


 消灯した待合室の大きな窓ガラスに、フチなし眼鏡をかけた自分が映っていた。

 いつものむっつり顔と、落ち着いた色合いのスーツ。


 この顔がカッコいい、とは、この少女はどうも、感性や好みが少し人とズレているのではないだろうか。


「……顔立ちで人の善し悪しが分かるなら、この世に詐欺師は存在しないと思うが。『悪魔は人の良さそうな顔をしている』という格言を知らないのか?」

「そういう意味じゃなくて、なんか変な人っぽくないってことです! いえ、ある意味変ですけど」


 どっちなのだろう。


 言われてみれば、クビになる前からスーツそのものは着慣れているし、彼女の言うことも分からないではなかったが。


「で、正解はどうなんでしょう?」

「だからフリーターだと言っているだろう」

「会話がループしましたよ!?」


 うにゃー? と混乱したように頭を抱えた少女に、トウガは肩をすくめた。


「それが正解だと最初から言っているが」


 トウガはフリーの冒険者だ。


 魔物狩りが性に合っていると思っているので、そこから離れた仕事をする気があまりない。

 冒険者チームを解雇されたからといって、魔物を狩る資格までなくなるわけではないのである。


 といっても、ソロで活動している以上無茶は出来ない。

 そのため、魔物関係の活動なら何でも引き受けているうちに、元のチームからも余剰な仕事が回ってくるようになったのだ。




 ーーー目の前の『迷子の子猫を保護する』ような仕事が。




 おそらくこの少女も、魔物関係で何かがあったのだろう。


「そろそろ準備をしよう」


 ふと空気の感触に違和感を覚えたトウガは、アロマ・シガレットをしまって足元に置いてあるケースバッグに手を伸ばした。

 立てると胸元近くまである、黒く細長い物だ。


「準備? 中に何か入ってるんですか?」


 覗き込もうとするみゃーを手で制して、トウガは中身を取り出した。


 一つは、ごく一般的なアサルト・マシンガン。

 もう一つは、ケースと同じ長さの太刀たちである。


「ぶ、ぶぶぶ、武器ですか!?」

「何を驚いている? 魔物狩りを生業にしているのだから当然だろう」


 武器もなしにどうやって魔物を相手にすると言うのか。

 そう思いながらみゃーの顔を見上げると、彼女は視線を宙にさ迷わせた。


「えっと、そういうの持ってる人をあんまり見たことがなかったので……」


 言葉を濁すようにゴニョゴニョと言うみゃーはとりあえず放っておく。


 トウガは、スーツの上着を脱ぐと武器の代わりにケースの中に畳んで入れた。

 そのままネクタイも引き抜いて、上着と同じようにケースに投げ入れて蓋を閉じる。


「魔物と戦った経験はあるか?」


 ワイシャツの袖をまくりながら問いかけると、みゃーは首を横に振る。


「な、ないですよ!?」


 先ほどの反応から薄々察していたが、本当にど素人の少女らしい。

 トウガは思わず舌打ちしてから、抜き身の太刀とアサルト・マシンガンを手にして立ち上がった。


 ーーー本条め、何を考えている?


 事前説明もないまま、ただの少女を危険なことが起こると分かっている場所になぜ来させたのか。


 理由は分からないが、今から電話をしている暇はなかった。

 とりあえず、今から起こる問題とやらを片付けてから問い詰めなけれならないだろう。


「討伐経験がないなら、ケースの近くから動くな。危険だからな」

「えっと……何が起こるんです?」


 こちらが真剣になったのを察したのだろう。

 戸惑ったように問いかけてくるみゃーに、トウガは一歩踏み出しながら短く答えた。


「もうすぐ、魔物が現れるんだ」


 空気の違和感はどんどん強まっており、雨が降る前のような湿り気が増して、微かな獣臭さを含む風が吹き始めている。


 それは、トウガの慣れ親しんだ空気だった。


「……来るぞ」


 トウガがみゃーに注意を促すと同時に、駐車場の真ん中の空間が揺らいだ。

 最初は蜃気楼のようにかすかな揺らめきだったが、それは徐々に歪みを強めていく。


 歪みは、最後にぐにゃりと渦を巻きーーー。




 ーーー【異界の門】が、姿を見せた。



 

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