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第四十四話 御近づきになりたくて

 重厚な石造りの扉が開き、目映い光と人々の談笑する声が漏れてくる。

 夜会は間もなく始まろうとしていた。



「ユリさん、私あなたともっと御近づきになりたいわ。今度ぜひアーチボルトの家に遊びにいらして」

「はい。ありがとうございます」

「ではユリさん、楽しんで。アラン、きちんとエスコートするんだぞ」

「ヒューゴー様、エミーレ様。ごきげんよう」



 アーチボルト夫妻はゆりの会釈を笑顔で受け止めると、連れ立って会場へ飲み込まれていった。

 今日の夜会は中央評議会本部の主催なので、教会から招待されたゆりはゲストの側である。アーチボルト夫妻と別れ、アラスターと共にゲストをコールするための入場列で待機していた。



「ああ……今日、アランさんと一緒で良かったです。緊張しちゃって手順とか全部飛んでっちゃいそう……」

「何も難しいことはない。いつも通りの貴女でいれば、大丈夫」



 実際、普段のゆりの立ち居振舞いなら全く問題ないとアラスターは思っていた。しかしガチガチに緊張したゆりにはその言葉が届かない。

 少しでも安心させようと……というのは言い訳で、ただ緊張しているゆりも可愛らしかったのでアラスターは思わずその頭にキスをした。だが、今のゆりはそれすら気付かないようだった。



 ――落ち着いて、大丈夫。

 隣にはアランさんがいてくれるし、礼法についてはララミアさんから太鼓判を押してもらった。

 侍女さん達が半日がかりでピカピカに仕立ててくれたし、それに――――。



 ゆりは左手で、自身の耳に輝く魔の黄水晶(ミスティックシトリン)に触れた。

 そうして深く息を吐くと、全身に細い糸を張り巡らせる感覚を思い出していた。




「中央評議会、黒狼騎士団団長アラスター・ウォレム・アーチボルト。及び、モルリッツ支部神殿より、“召し人”のヤナカ・ユリ様、御到着!」




 眩しく輝く巨大なシャンデリア。趣向を凝らした調度品と壁面を飾る優美なモールディング。豪奢な会場の様子にゆりが小さく嘆息する。



 ざわっ



 アラスターとゆりの二人の名が呼ばれ扉からその姿が認められた瞬間、会場は俄に浮き足立った。



 伝説的な武人として、また世の独身女性の憧れの的として知らぬ者のないアラスターは、社交界においては“つれない”と評判である。

 エスコート相手は専ら身内の女性ばかりで、度々貴族令嬢の恋の相手として噂に上っても、いつもあっさり霧散してしまう。


 その男が、今宵一人の女性の腰に手を回し、親密そうに寄り添いながらエスコートしている。その距離感はもとより、纏われた柔らかな雰囲気が招待客らを驚かせた。


 そして、その相手の女。

 昨今の流行の淡い色使いとは異なる、鮮やかなロイヤルブルーのドレス。装飾品はほとんど身に付けていないのに、大胆に晒された白い肌そのものが、磨きあげられた宝石のように柔らかい輝きを内に湛えている。

 戸惑いがちにアラスターを見ては時折小さく微笑む表情は初々しさを感じさせ、その洗練された装いとのギャップが不思議な魅力を醸している。


 間違いなくこの場にいる男性陣の注目を集めるであろうその女は、なんと召し人だという。ここ百年この世界に召し人が現れたという情報はなく、その素性だけでも本日の話題の的になることは明らかだった。



「……やっぱり、召し人って珍しいんですね……」



 入場してからこのかた遠慮なく注がれる視線の数々に、ゆりは行動展示されているパンダのような心持ちだった。もちろん、注目されているのは召し人だからというだけではなかったが、それは本人の預かり知らぬところである。


「皆、貴女と御近づきになりたくてうずうずしているんだ」

「あはは……。ところでアランさん、私、神官長からお言葉を預かっていて……何人かご挨拶をしたいんですが、ご紹介いただけませんか?」


 ゆりは参加者の中でも特に重要な人物達の情報をインプットしてきていた。だが、あくまで役職や名前だけなので顔がわからない。


「ああ、いいとも。名を教えてくれるか」



 まず、中央評議会の常設議会の議長。そして臨時評議会の議員であり、各国の代表である何名か。ゆりは覚えてきた要人の名を挙げた。


 ゆりはこのブリアーの政治にはまだあまり詳しくなかったが、「政」であるところの評議会と「教」であるところの女神教がそれぞれに発言権を持ち、お互いに協力しあいながらも絶妙な均衡を保っていることはわかってきていた。

 ゆりは安易に自分を政治的に教会側の人間だと言いたくはなかったが、今日はモルリッツ支部神殿から参加しているのはゆり一人だ。であれば、少なくとも今日は伝言役くらいは果たそうと決めていた。



 ゆりがすらすらと澱みなく中央評議会の要人の名を挙げるのを聞き、アラスターは舌を巻いた。


「貴女はまだこの世界にやってきて日が浅いのに……よく勉強している」

「暗記しただけで、まだ身にはなっていませんけどね」


 ゆりの困ったような微笑に、アラスターはふむ、と顎に手を当てる。


「ゆり、まず今日は常設議会の議長はここへ来ていない。この夜会の主催者だが……数日前に奥方が身罷られた」

「まあ……。それは、お悔やみ申し上げます。では代理の主催者はどなたなんですか?」

「俺の父だ」

「!」


 アラスターの父。つまりヒューゴーである。


「だから、改めての挨拶は不要と思う。父は堅苦しいのが嫌いだ」

「じゃあ、せめてお暇する前にお別れの挨拶だけはさせて下さい」

「……ああ」


 そんなことをしたら強引に次回会う約束をさせられそうだけどな、とアラスターは思った。



「あとは……そうだな。ミストラルのアルノー国王陛下は、本人ではなく名代が来ている」

「そうですか」

「だから、それ以外の俺が顔を知っている人物から紹介する」

「はい。よろしくお願いします」



 そんな色気のない会話をしていた二人だったが、周囲からは睦言を交わしているように見えたのであろう。

 こちらを伺う女性達は頬を染めてその様子を観察し、また幾人もの男性が落胆の表情を浮かべている。


 アラスターはだめ押しとばかりに、ゆりの肩を引き寄せると、先程と同じようにその頭部の黒髪に顔を埋めてキスをした。


「……! あ、アランさん、何を」


 先程の一度目は緊張のあまり何の反応も返さなかったゆりは、今度は真っ赤になってアラスターを見返している。


「虫避けだ」


 これだけ見せつければ、そうそう声をかけてくる命知らずはいないだろう。

 アラスターは寄せられる視線を鬱陶しく思いながらも、そう自身を納得させた。



 ところが。



「……ゆり!」



 突如人の波の中からゆりの名を呼ぶ声がして、ゆりは腕をぐい、と引っ張られた。


「きゃっ!」


 腕を引かれてアラスターからゆりの身が離れると、その前には一人の青年が立っていた。



 日に焼けた銀の髪。逞しい褐色の肌に、紺青色の瞳。



「――――! フレッド、さん……?」



 それはあの日礼拝堂で出会った青年、フレデリクだった。


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