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第三十八話 弟分に甘んじていては

本日二話分投稿します。

二話目は、21時過ぎに投稿する予定です。

 “愛する テオドール様


 今日も素晴らしい一日でした。

 庭で新しい花を見つけました。

 それはとても小さなものです。私は興味深くそれを見ました。”



「ふふっ」


 神殿の自室にて。

 文机の前に腰掛け黒い表紙のノートを捲ったテオドールは、一番新しい頁に書かれた、丁寧に整った文字とは不釣り合いなそのたどたどしい文面に小さく破顔した。



 ゆりにこの世界の歴史や経済、文字を教えているテオドールは最近、読み書きの練習を兼ねてゆりと交換日記をしている。


 ゆりの文章はとてもこなれたものとは言い難いが、この世界で勉強を始めてからまだわずかばかりの期間しか経っていないことを思えば、その飲み込みの良さは驚異的だった。本日の日記も、文頭の宛名部分が異性に宛てた恋文のようになってしまっているが、この辺りはご愛嬌である。

 基本的にゆりは何を教えても非常に優秀な生徒であり、テオドールはその点とても満足している。


 それに。

 日々の細々としたことを綴ったゆりの目線は、テオドールの目を楽しませ、時に癒していた。



 “あなたのお姉さんはとても優秀な教師です。

 私は毎日新しいことを学んでいます。それはとても楽しいです。

 彼女は、私にとって一番最初の素敵な友人となるでしょう。”



 テオドールの姉であるララミアとゆりは、歳も近く気が合うようだった。

 マナー講師を選定する際に「テオくんのお姉さんはダメかな?」とゆりが聞いてくれたことを、テオドールは自身が頼られたようで嬉しく思っていた。神殿に入ってからは没交渉だった家族と、このように再び交流を持つことになったのもゆりがきっかけだった。


 優しい表情でゆりの文章を追っていたテオドールは、その次の部分に差し掛かってはた、と止まった。



 “私はあなたに謝罪すべきことを所持しています。

 私はあなたを誤解しました。これまで私があなたを不愉快にしたことをお詫びします。”



 なんのことかな、と思いを巡らせて、今日神殿の廊下ですれ違った際の姉の言葉を思い出した。


「テオドール。あなた、ゆりさんに全く恋愛対象として見られていないわよ? 可愛い弟分に甘んじていてはダメ。もっと頑張って押していかないと」


 その言葉に、何を言われているのかわからない、という疑問と、そうだったのか、というショックが同時に襲ってきた。ゆりが自分のことをまるで子供のように扱うのはなんとなく感じ取ってはいたが……。それはそれで、彼にとって居心地が良かったのだ。

 勇者ナオトも、狼将軍アラスターも、自分ほど気安く無警戒にゆりに受け入れられてはいまい。そんな優越感が確かにあった。



 ぼくはゆりさんにとってどういう存在でありたいんだろう?

 異性として、恋愛対象として見てもらいたいのだろうか?



 そんなことを考えながら、テオドールの指は日記の次の部分をなぞっていく。



 “私はあなたをもっと良く知りたいと思います。

 あなたはとても賢く、優しい人です。

 あなたは誠実で、根気強い人です。

 あなたはとても素敵な大人の男性です。

 私はあなたを知って、あなたも私を知ると、とてもうれしく思います。”



「うわぁ……」


 ゆりの飾り気のないダイレクトな表現に、テオドールは赤面した。これじゃあまるで、本当に恋文みたいじゃないか。



 “あなたが私に与えてくれる数々のことに感謝しています。

 いつもありがとう。


 あなたを愛する ゆりより”



 テオドールは読み終わると、はあ、と小さく息を吐き、赤鉛筆を手に取った。

 いくつかの文法の間違いを正し、丁寧に文章を添削する。最後に、冒頭と文末に添えられた定型文のところに波線を引き、「これは恋人へ宛てた手紙で使う表現です!」と注意書きを添えた。

 そうして今度は黒インクのペンに持ち代えると、次の頁に自分の日記を書き始めた。



 “親愛なる ゆりさんへ


 今日はとてもいい天気でしたね。ぼくは普段、あまりゆっくりと外の景色を見ていないので、貴女から季節の変化を教えてもらい、それを感じています。

 ぼくは今日もいつも通り、お祈りをし、書庫で古文書の整理のお手伝いをしていました。


 貴女がぼくのことを知りたいと言ってくれて、とてもうれしく思います。ぼくも同じように思っているからです。

 これからも貴女のことをたくさん、この日記に書いて教えて下さい。


 あなたを愛する テオドールより”



 そう一気に書き終えると、もう一度内容を確認して、インクが乾くのを待った。



 “あなたを愛する テオドールより”



「ふふ。ゆりさん、気付くかな」


 テオドールは自分の書いたその部分を優しげに指でなぞると、小さく微笑んだ。


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