第三十一話 なんでもあげる
「ねえ、ナオト。これはどうかな…?」
「カワイイ」
「こっちは?」
「カワイイ」
「もーっ! 真面目に選んでくれてる?!」
怒ってるゆりもかわいいなあ、とナオトは思った。
ここは中央地区でも一際大きなドレスショップ。テオドールのお姉さんに教えてもらった最近流行りのお店だ。
「勇者様が女性を連れてドレスを仕立てに行く」という連絡がリンツ家――テオドールの実家――から既に入っていたらしく、店に到着するなり物凄い歓待を受け着せ替え人形にされているところだった。
「お嬢様は色白でいらっしゃるから、鮮やかな色が映えると思いますわ!」
「お顔立ちは可愛らしいけれど、スタイルがいいから大人っぽいデザインは如何かしら」
店の人気スタイリストだという二人の女性は取っ替え引っ替えあーでもない、こーでもないと議論している。
ナオトは部屋の端に置かれた椅子の背もたれを前に座り、顎を乗せもたれかかっていた。
ナオトはこういった場は嫌いなのでは、とゆりは心配したが、意外にもゆりが着せ替え人形にされている様子を飽きもせず楽しそうに眺めている。
問題のドレスだが、ゆりが「社交パーティー」「ドレスと宝石」と言われてイメージしていた、中世ヨーロッパのようなボーンが入り丸く広がった巨大で豪華絢爛なドレスではなく――どちらかと言えば、日本の結婚式で花嫁が着るカラードレスに近かった。
想像していたより現実的なものだったので、この点ではゆりはひとまず安堵した。
だが、ゆりのもう一つの懸念は当たってしまった。
この世界で通常、夜開催されるパーティーと言えば「ダンス」があるのだそうだ。
とは言っても、くるくると優雅なワルツを踊るような所謂「舞踏会」然としたものではなく、男女が向かい合って音楽を楽しむ程度のものなので難しい練習はいらない、とテオドールは言っていた。それにしたって、気が重いことは変わらない。
「あのう、デザインはなるべくシンプルなものをお願いします。それからスカート部分はあまり広がりすぎずにタイトなものだとうれしいかな……」
そうすれば、ドレスのデザインを理由にダンスを断れるかもしれない、とゆりは思った。
だが、そのゆりの要望は二人のスタイリストのプロ魂に火を付けてしまった。
「ええ、ええ、なるべく無駄な装飾は廃してお嬢様の素の魅力が引き立つようなものに致しましょう」
「マーメイドラインはどうかしら? サイドに少しだけスリットを入れて……」
二人は話し合いながらさらさらとデザイン画を描いていく。
既製品の中から要望に近いものを見せてもらえればいい、と思っていたゆりは、どうやら自分のドレスがオーダーメイドの一点物になってしまうらしい流れを察して狼狽した。
「あ、いや、あのですね……」
「こんな感じは如何かしら? 勇者様はどう思われます?」
「んー?」
ゆりの困惑には目もくれず、さっさと描き上げた女性に突然振られると、ナオトはちらりとデザイン画に目を通す。
「オレはもっとこう……ここが開いてる方が好き」
胸元のことを言っているのだろうということははゆりにもわかった。そもそもナオトの希望を全て取り入れたら、布地なんてほとんど無くなってしまうのではないか?
ゆりは青醒めたが、ナオトの言葉は二人の女性の心に刺さったらしい。
「まあ! 勇者様、わかってらっしゃいますね! お嬢様はデコルテが美しいのだからもっと大胆に露出してもよろしいのではなくて?」
「そうねそうね。さすが見る目がお有りだわ。ではここをこうして……」
なんだか完成品を見るのが怖い、とゆりは思った。
ようやくデザインがまとまり、一段落してゆりとナオトが出されたお茶を飲んでいると。
今度は店のオーナーだという男性が何か平たい箱を抱えて入ってきた。
テーブルに置かれた箱から目の前に差し出されたのは、これでもか!と言わんばかりに詰め込まれた宝石達。ゆりはその眩い輝きに圧倒され、目がチカチカしてきた。
「どれも一流の職人の手によるものばかりです。きっとどれもお似合いですよ」
「うう、あのう……、何も身に付けないとおかしいでしょうか。できるだけ控えめにしたいのですが……」
オーナーが後ろに立っている先程のスタイリストの女性達を見ると、二人はきょとんと顔を見合せた。
「胸元の開いたデザインですし、通常は豪奢なネックレスを合わせることが多いですね。でも……」
「お嬢様の肌は本当に白くてお美しいから、髪をアップスタイルにすれば何も身に付けなくてもそれは……かえって引き立つかもしれませんね。でしたら、ネックレスではなく、耳元を飾ってみては?」
オーナーは商機を潰すような女性達の言葉にやや憮然とした表情を見せたが、すぐに切り替えて今度は豪華なイヤリングやピアスの入った箱を広げた。
「わあ! 綺麗……」
ゆりは思わず見入った。
ゆりだって、別に宝石が嫌いなわけではない。ただ、この場に並べられているものはあまりに豪華なので分不相応なのではと気後れしてしまっているだけで、見ている分には素晴らしい目の保養だ。
と。その中でひとつ、大振りのイヤリングがゆりの目に留まった。ゆりがしばらくそれを繁々と眺めていると、目敏いオーナーはゆりの視線が釘付けになっているそのイヤリングを手元に取り出した。
「これは黄水晶です。これだけの大きさのものは珍しい。周囲に散りばめられているのは金剛石で、こちらも輝きのランクの高いものです」
そう言ってオーナーはその大きなイヤリングをゆりの耳元に宛ててみせる。そして何かに気付いたようにニコリと笑った。
「ほら、とてもお似合いですよ。
……この黄水晶は、勇者様の瞳の色と同じですね」
そう言われて、途端にゆりの顔が羞恥で真っ赤に染まる。
そう。確かにゆりは、その宝石を見て「ナオトの瞳に似ていて綺麗だな」と思ったのだから。
「あ、あの、でも。ちょっと私には大きすぎます。……落としそうで怖いですし……」
「そんなことはないと思いますが……。
――ああ。そうだ、少々お待ち下さい」
赤くなりつつも困惑するゆりの様子を見てしばらく考え込んでいたオーナーは、ややあってぽんと膝を打つと店の奥から一つの小箱を持って戻ってきた。
そして両手で恭しく開けられたその箱の中には――
「わあ……」
ゆりの手指の爪くらいのサイズの、シンプルな黄水晶のピアスが入っていた。
だがその石は先程の大きなものと違い、黄がかった透明の輝きの中に、流動するような黄金色の何かが閉じ込められている。オーナーが箱を少し傾けると、それはとろりと流れるように溶け出し、照明の光を複雑に反射させて美しく輝いた。
――すごい。本当に、ナオトの瞳みたい。
きらきらした顔で興奮ぎみにそれを見つめるゆりに、オーナーは我が意を得たり、とばかりに得意気に微笑んだ。
「これは先程と同じ黄水晶なのですが、魔力の濃度が特に高い地で産出されたものなのです。内に魔力の輝きを溜め込んだ、魔の黄水晶という大変希少な宝石です」
ゆりはオーナーから小箱を受け取ると、色んな角度からそれを眺めては、ほう、と溜め息をついた。
「じゃ、これ買う」
これまで何も言わずに隣に座ったゆりの様子を見守っていたナオトが突然、さらりとそう言った。
「ええっ?! あ、でも高そうだし、……それにピアスだから……。私、穴空けてないし」
「ん? 大丈夫でしょ。オレが空けてあげる」
そう言ってナオトがゆりの髪をかき上げ耳に触れたので、ゆりは固まってしまい、それ以上言葉が出てこなかった。
ナオトはゆりの耳朶を摘まんで引っ張ると、黄水晶と同じ黄金色の瞳でゆりを見つめた。
「なんでもあげるって約束したでしょ」
ゆりはその輝く瞳に囚われて、いつの間にか無言でこくこくと頷いていた。
ゆりは知らなかった。
ダイヤモンドが付いた大振りの黄水晶のイヤリングより、この控えめなサイズのピアスの方が余程高価だということを。




