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第二十九話 連合会議

ブクマ、評価を下さった皆様ありがとうございます! 励みになっています。

 

 最初は、本能の抗えない()()だった。


 その女の全身からは、立ち上るような何かが香っていた。全てを忘れ奪ってしまいそうになる程の、強烈な何かだ。

 その次は、単なる興味だった。

 あの唯我独尊の傲慢な勇者が執着している女と知って。


 だが、今はそれだけではない。俺自身が、俺の意思で彼女を求めている。


 ゆり。


 笑えば花が綻ぶように可憐で、その瞳は純粋で、しかし打てば響くような聡明さを併せ持っている。少女のように無垢かと思えば、ハッとするほど凛とした気品と色香を覗かせる瞬間があり、俺を翻弄する。

 ああ、昨日孤児院で子供達にせがまれて物語を話し聞かせる様は、まるで聖女のようではなかったか。


 惜しむらくは、保護されているのが教会でなければ……もっと近付くことができるのに。


 いっそ連れ出して、手元に置くことができたなら……。




「また今日も眠り姫のことを考えているんですか、アラン」

「レイン、いや、そんなことはない。執務中だ」

「ならもう少しその耳と尻尾をおとなしくさせてもらえませんかね」


 アラスターはその言葉にピタッ!と耳と尾の動きを止めた。しかし、またしばらくするとそれはゆらゆら動き出す。


 重症だな、と部下のレインウェルは息を吐いた。


「時に……、そろそろ、連合会議の時期ですね」

「そうだな」

「忙しくなりますね」

「そうだな」

「また、世の独身女性から言い寄られる期間が始まりますね」

「…………」


 レインウェルの最後の台詞に、アラスターはうんざりした様子で閉口した。




 連合会議。


 ブリアー自由諸国連合の中心は、かつて王国だったいくつかの土地の集合体だ。その広大な土地にいくつかの自治都市が存在し、その最も大きな拠点となるのが中心都市モルリッツである。

 それに複数の周辺諸国を加えた巨大な同盟が「ブリアー自由諸国連合」だ。


 中央評議会は、管下の常設議会がモルリッツの統治を行い、更に各国の代表が集まる臨時の評議会がブリアー全体の大まかな流れを決めている。それが今度の連合会議だ。


 年に一度、ブリアー自由諸国連合の旧国領、及び同盟国が中央都市(モルリッツ)に集い、中央評議会で政治や経済について議論を交わし、提言を纏める。その期間は各地から多くの人々がこの街へやって来て、治安維持や要人警護で黒狼騎士団は大忙しとなる。


 更に、連合会議期間中は社交シーズンであり、各国の交流を図るための様々な催しが行われる。

 中央評議会管下の要職であり、アーチボルト家の長子、更に数々の受勲もしているアラスターはこの時期、仕事だけでなく社交の場にも駆り出されることとなる。


 社交の場に出れば当然、眉目秀麗、地位も名誉もある妙齢独身のアラスターは……世のご婦人方が殺到して文字通り揉みくちゃにされるのだった。



 昨年の惨事を思い出して溜め息をついたアラスターを無視し、レインウェルは話を進めていく。



「期間中の仕事は金獅子騎士団と密に連携をとって仕事を割り振らないといけませんね」

「マイオスと打ち合わせが必要だな」

「では、そのように予定を組んでおきます。


 ……おや、そう言えば」


「?」



 レインウェルは何かを思い出したかのようにわざとらしく声音を変えた。



「トゥ=タトゥ聖教国や旧カナーン国領などが、ゆり嬢を社交の場に出すようこちらの神殿に要求しているようですよ」


「! ……何故だ?」


「召し人を保護する事自体がおよそ百年振りらしいですからね。珍しいもの見たさなんでしょう」



 東の大国トゥ=タトゥ聖教国は女神教の総本山であり、大教導による完全なる政教一致国である。ゆりが保護されているモルリッツの神殿の親玉でもあるので、その要求はある意味当然とも言えた。


「ゆり嬢は普段慎ましくていらっしゃるから、着飾ればさぞお美しいでしょうね」

「ああ……」


 その通りだ、とアラスターは思った。


 ゆりは普段、修道女のようにシンプルな衣類ばかりを身につけているし、化粧も最低限しかしていないようだった。それがまた禁欲的な魅力になっているとアラスターは思うのだが――きらびやかに装えば、それはもちろん美しいに違いない。



「ああ。でもあまりに美しいと、諸国のお偉方に見初められてしまうかもしれませんね?」

「!」

「まあ、でも神殿からは()()殿()も招待されるでしょうから、ゆり嬢の隣に彼が並べばまさかそのような死地に飛び込む愚か者はいないでしょうし……問題ないですよね」



 にっこり。

 レインウェルの笑顔にアラスターは青醒めた。



 とんでもない!


 そもそも勇者ナオトは、毎年様々な宴に招待こそされているが、その全てをバックレてまともに参加したことなどないのだ。

 ただでさえ「召し人」というだけで耳目を集めそうなゆりが、年若い女性――しかも独身だ――と知れたなら……。



「レイン、今年の要人の招待客リストを至急集めろ。特に独身の若い男は――我が騎士団から特別に一人ずつ警護をつけてやろう。片時も離れぬよう、厳重にな」


 ゆりに集るかもしれない虫は一匹残らず叩き落とそうと誓うアラスターだった。

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