第二十七話 世界平和に貢献したい
第二章始まりました。どうぞよろしくお願いします。
ドーミオは驚いた。
今日はギルドで二日がかりのちょっとした仕事を終え、夕時には少し早いが馴染みの酒場で一人、ちびりちびりと嗜んでいるところだった。
「マスター、麦芽酒ちょーだい。このおっさんのツケで」
「何でお前がここにいるんだよ」
店の隅にあるドーミオのテーブルまでやって来て向かいの席に腰を下ろしたのは、ここで見かけるのは珍しい、歩く傍若無人・勇者ナオトだった。
慣れた様子で勝手に酒まで頼んでいる。
「え~、なんとなく? ちょっと……二週間ばかし缶詰めしてたから疲れた。神殿だと酒飲めないし」
「お前、神殿に帰ったのか……。ゆり……嬢ちゃんは元気にしてるか?」
その二週間とは謹慎の沙汰で聖教書の写本をさせられていた時期なのだが、ドーミオが知る由もなかった。
別れ際にゆり達の前から姿を消したナオトの様子に、引っ込みがつかなくなって未だに戻れずにいるのではないかと考えたドーミオの予想は杞憂であった。
「神殿の掃除してる。あとなんか最近外でも働いてる」
「あ?」
女神教では召し人は女神が招いた客人と言われているので、丁重に扱われこそすれ掃除などさせられるはずはないのだが。
ナオトからどうやらゆりがそれを自分から進んでやっているらしいと聞いて、ドーミオは嬢ちゃんらしいな、とジョッキをあおる口の端を持ち上げた。
「そういやお前……、またやらかしたらしいな」
「?」
「噂になってるぞ。『勇者が街中の娼婦を侍らせてハーレムを作ろうとした挙げ句、暴れて娼館一つ潰した』って」
「は? 店を壊したのはオレじゃなくてクソ犬だけど?」
それ以外の部分は否定しないのかよ。
ドーミオは嘆息した。
目の前に座った美しすぎる女の敵(ある意味男の敵でもある)は、「あ、コレうまい」とか言いながら勝手にドーミオのテーブルに並んだつまみに手をつけている。
「……あんまり嬢ちゃんを泣かすようなことすんなよ」
「そうだね~……。
――泣かしたくないんだけどさ、すっげー泣かしたくなるんだよね」
おい下ネタかよ、と呆れたドーミオがナオトを見ると、ジョッキを片手に頬杖をついたナオトは憂いを帯びた表情で窓に掲げられた灯りを見ていた。
ドーミオは目を丸くする。
ナオトがまだほんの子供の時分からかれこれ十年近い付き合いのある二人だが、ナオトは昔から心の内を容易に他人に見せることのない人物だった。
出会った頃は刃物のような冷たく人を寄せ付けない態度で。いつしか「外面」という処世術を覚え、ヘラヘラと軽薄な言動で周囲を煙に巻くようになり。
神剣を引き抜き「勇者」と名乗るようになってからは、唯我独尊を地で行く人物に見えてはいるが――。
だが、人の本質はそう簡単には変わらない、とドーミオは思っている。そしてナオトの本質とはそれを他人に触れられることを良しとしない、まるで手負いの獣――。
その「手負いの獣」が、物憂げな横顔で何かを思料している。ドーミオは驚きのあまり、不躾な視線でナオトを観察することを止められなかった。
しばらくしてそんなドーミオの視線に気付いたのか、ナオトは決まりが悪そうに耳をブルブルっと震わすと、ジョッキの麦芽酒を一気にあおり勢い良くテーブルに叩きつけた。そのままへな~~と耳を垂らしてテーブルにうつ伏せる。
「ねーおっさん。ゆりってさあ……。カワイイよね」
「そうだな」
「いい匂いがするし」
「そうだな」
「おっぱいも大きい」
「それは知らん」
でもさ~、と続けるとナオトは嘆息した。
「でも……、ゆりはオレのものじゃないんだ」
「……。狼将軍に取られたか?」
ドーミオが暗にアラスターとの件を揶揄すると、ナオトは反発するでもなく、ただ首を左右に振った。
「誰のものでもない。ゆりはまだ、ゆりのものなんだ」
それはつまり。
欲しい女が靡かない。そう言いたいのだろうか?
「…………。お前まさか……、わざわざそれを俺に聞かせにここへ来たのか?」
「は???」
「だからよ、それじゃまるでオメー、、、」
――――恋に焦がれるガキじゃねえか。
娼館でハーレムをつくるなどという騒動を起こした男と同一人物とは思えない、目の前の青年の初心な様子に、ドーミオは喉まで出かかった後半の言葉を飲み込んだ。
本人も気付いてないであろう、その物思いの正体を指摘するのはあまりに野暮に思えたからだ。
何が悲しくて野郎の恋愛相談になんか乗ってやらなきゃならねーんだよ。
そう独り言ちたドーミオだったが、目の前の伝説の勇者様のあまりに情けない様子に、昔のよしみで少しだけ知恵を授けることにした。
「服でも宝石でも、買ってやればいいじゃねえか」
その言葉にナオトの耳がぴく!と反応する。
「……ゆりは、そういうの喜ぶかなあ?」
「知らねーよ。だが大概の女は好きだろ。それに、嬢ちゃんは身ひとつでこの世界に落ちてきたんだ。何も持ってねえんだからよ」
「そっか」
ナオトの耳が水を浴びた新芽のようにむくむくと元気を取り戻す。そのわかりやすすぎる様子に「赤い悪魔」の名が泣くぞ、とドーミオは心の中でつっこんだ。
「じゃあおっさん、なんかギルドの仕事紹介してよ。金が欲しい」
「はあ、そりゃ構わねえが……。お前、そんなことしなくても既に相当持ってんだろ」
「久しぶりに世界平和に貢献したい気分なのー」
モヤモヤを八つ当たりして発散したいだけだろ、と思うドーミオだったが、あえて皆まで言うまいと自分に結論付けると頭を振ってジョッキに手をつけた。
ナオトはギルド所属時代、手慰みに超高額の賞金首を片っ端から殺して回り、伝説の迷宮を興味本意で荒らしまくって、既に一般人なら今世では遣いきれない程の大量の資産を保有しているはずだった。
「王族より豪華な貢ぎ物ができそうだな……」
後日。
モルリッツの冒険者ギルドには、これまで誰もが手を焼いていた生死問わずの高額賞金首の死体ばかりがおよそ十程積み上がっていた。




