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第二十五話 ありがとう

 きみは迷子なの?

 大丈夫よ。泣かないで。

 ほら、おいで。

 せんせいのところにおいで。




「ん……?」



 ゆりが微睡みから浮上すると、そこは神殿の自室であった。部屋は暗く、窓からは形の良い月が見える。

 胸元に温かい吐息を感じてふと見ると、そこには赤銅色の髪が埋まっていて、獣の耳が伏せるように内を向いている。自分はその頭を抱き寄せて眠っていたようだ。



 ナオト……戻ってきたんだ。良かった。



 ゆりはその見た目よりやわらかい髪に自分の鼻を埋めると、再び眠りに落ちた。






 翌朝。


「ナオト様おはようございます、ゆりさんは目覚めましたか……ってきゃあああああああっっ!!? こ、ここは女神の御許(しんでん)ですよっ!?!」


 テオドールの女の子のような悲鳴でゆりは目が覚めた。


「ん……。テオくん……おはよう……?」

「ゆりさん、目が覚めたんですね! あのっ、ゆ、勇者様! 寝ずの看病をして下さってたんじゃないんですか?!」

「ん~? ……してたよ?」

「な、何を?! 同衾することが看病ですかっ!?」

「え~。久しぶりにゆりのいい匂い嗅いだらモヤモヤしたから、ちょっと……おっぱいの感覚を味わいつつ抱きまくら役になってただけ」


 ふあ~あ、と正しく猫のように伸びをしながら言い放った聞き捨てならない台詞に、テオドールは兎耳の先まで真っ赤になって叫ぶ。


「そんな枕はありません!! いいから離れてくださいっ!!」




 テオドールによれば、ナオトとエメが沈痛な面持ちでゆりを連れて帰ったその日。神殿の神官達によってゆりの身体に残っている「悪い薬」を浄化、治療する儀式が行われた。

 遥か昔は手をかざすだけでケガや病気を治すことができたそうだが、人の中に魔力がない今は、大気中の魔力を数人がかりで集め、注ぎ込むというかなり大掛かりなもの――それも効果は気休め程度――だと言うのだ。


 ところが、清浄な魔力を注ぐ浄化の儀式が、何らかの力の反発によって上手く行かなかったらしい。そこをテオドールの提案により対象の魔力を吸い出す儀式に変えたところ、なんとかゆりの身体の「悪い薬」を抜くことに成功したそうだ。



「やっぱり、ぼくの推測通りゆりさんの身体の中には魔力が……かなりたくさん、あるみたいですね」


 教導の指示によりこの件はその場にいた者のみに秘されることとなった、というのが顛末である。

 ゆりはまだ会ったことのない教導――この神殿のトップ――の采配に感謝した。魔力があることがどんな意味を持つのかは知らないが、自分がこの世界で異質だというのは、なるべく表にしたくはない。


「そうなんだね。テオくん、ありがとう」


 ゆりはベッドに座ったまま、頭を下げた。


「いえ、お礼なら儀式を執り行った神官の方達と……あと、ゆりさんをここに連れて帰ってきたのはナオト様とエメさんです」

「そうなんだ」

「何も覚えておられないんですね……?」


 心配そうに顔を覗き込むテオドールに、ゆりは大丈夫、そんなことない。ちゃんと覚えてるよ、と記憶が途切れる前のことを思い出そうとして……



 カタカタカタカタ

 身体が小刻みに震えた。何故か、目からは涙が零れてくる。



「ゆりさん……! ご、ごめんなさい! 思い出させるようなことを……!」


 オロオロとするテオドールを前に、それでも止まらない涙がはらはらと零れ落ちる。

 ナオトはそんなゆりの髪にそっと手を添えると、涙の上に口付けを落としながらこれまで誰も聞いたことのないような優しい声音で囁いた。


「ゆり、泣かないで。オレがいるから。ゴメンね、これからはちゃんと守るから」


 ゆりはその言葉に驚いたようにナオトを見て……



「ナオト、帰ってきたの?! いつの間に?!」



 ナオトはがくり、とベッドに突っ伏した。




 テオドールが体調を気遣って朝食を部屋に運んでくれたのでそれを食べていると(ナオトは「オレが食べさせてあげる~」としつこかった)、部屋のドアがバタン!と乱暴に開き、息を切らせて白尽くめの人物が乗り込んできた。――エメである。


 その顔を見た瞬間、安心と、恐怖と、後悔と……その他様々な感情がごちゃ混ぜになり、ゆりは涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながらその名を呼んだ。


「え゛め゛~~~~!! ごべんね、ごべんなざいーーーー!!」


 ゆりがその白いローブをぐちゃぐちゃにしながらしがみつくのを、エメは無言で――少しだけ笑みを浮かべて見守っていた。


 その様子を見たナオトは自分の時とのゆりの反応の落差に激しくショックを受けつつ、ふと見たエメの様子がそれまでの自分の知るものとは異なっていることに今更ながら気が付いた。


 その背は以前より頭半分程伸び、いつの間にかナオトとほとんど変わらなくなっている。ゆりの頭に控えめに触れる手は相変わらず白く細いが、少し筋立っており、ローブに隠されたその体躯はすらりと細いが……明らかに男の身体つきだった。

 何より、ゆりを見つめるその表情が彼の気持ちを雄弁に示していた。



 ――オレはこの一ヶ月、何をしていたんだ?



 ナオトは無言で拳を握った。


 ゆりをこの世界で――いやその前から――最初に見つけたのは自分で。

 抱き締めるのも、匂いを嗅ぐのも、気持ちを向けるのも、生殺与奪すら、それは自分にだけ許された権利だと思っていた。

 自分にとってゆりが「普通とは違う」存在だと認識しつつあるのを、ゆりもそう思うに違いないと疑いもなく信じ込んでいた。



 でも。そうじゃない。そうじゃないんだ。

 少なくとも今は……。まだ、ゆりはオレのものじゃない。


 ――ああ、女神サマ、どうしよう。

 オレは、ゆりを手に入れたい。



「うぐっ、ねえ、ナオト、エメ」



 ようやく泣き腫らした涙と鼻水を拭ったゆりは、潤んだ瞳のままそう呼び掛けてナオトとエメに向き直った。そして居住まいを正すと、背筋に一本芯が通ったように――真っ直ぐ美しい姿勢でお辞儀をした。


「迷惑をかけて本当にごめんなさい。それと……助けてくれて、ありがとう」


 再び顔を上げたゆりは、恥ずかしそうにくしゃりと破顔した。



 それを見たナオトは、でもゆりが笑ってくれるなら何でもいいや――と、いつの間にか自分の内に渦巻いていた衝動がぽかぽかと溶かされ、凪いでいくのを感じていた。


明日で第一部が完結します。現時点での評価をいただけるとうれしいです!

もしお気に召したキャラがいれば教えて下さいね。絡みが増えるかも。

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