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第二十四話 ちょっとタンマ!

 アラスターは秘書のレインウェルと、もう一人信用できる団員を一人連れ、エメの導きで一路中央広場を目指していた。


「レイン、すまないな」

「いえ、久々に剣を振るえるかもしれないと思うと悪くない気分です」


 レインウェルは文官だが、名門貴族の出身で剣の嗜みがある。多数の騎士団に武官として請われるほどの腕前だったが、幼少の頃から隣で化け物――アラスターのことだ――を見て育ったので、自分には剣の才がないと早々に見切りをつけ、今は秘書兼参謀としてアラスターを支えている。


 団員を多数伴ってしらみ潰しに捜索させることもできたはずだが、アラスターがそれをしなかったのはゆりという女性の匂いを探し出す自信があるのと――見せたくないのだ、とレインウェルは思った。



 囚われ容赦なく傷付けられているかもしれない意中の女性を、そして、怒りで冷静沈着の仮面を被れなくなるかもしれない自分自身を――。



 しかし、本当にこの堅物の想い人が勇者の女だとは。


 先程の執務室でのやり取りからそう(誤って)把握したレインウェルは心の中で嘆息した。

 これは、もし無事に戻っても後が大変だぞ、と。




 一同が中央広場に程近いところまでやって来た時、アラスターが突然、がしゃん、とその場に片膝をついた。


「どうしました??」

「く……っ。……ゆりの、匂いがする。俺の、正体を無くさせる程……強烈に」

「!」


 レインウェルがアラスターの顔を見ると、アラスターは顔を上気させ、額にじっとりと脂汗を浮かべていた。普段どれだけ激しく立ち回ろうとも汗ひとつ流さず涼しい顔をしている男が、だ。

 レインウェルが異常を感じて手を差し出そうとすると、それを制し再び立ち上がったアラスターは南西を指差した。


「あっちだ」



 そこからはあっという間だった。

 アラスターは傍目も振らずにまっすぐ走り続け、細い路地を抜け、雑然とした通りを駆け抜けて、色街の一角にある一際大きな高級娼館にたどり着いた。

 エメともう一人の団員がその場所で女性の身に起こりうる事態に眉を潜めると、アラスターは迷うことなくその店の扉を蹴り開けた。


 ドガッ!


 本日二度目の衝撃に堪え切れず、両開きの重い扉が店内に吹っ飛んだ。

 乱暴にその扉を踏みつけて雪崩れ込むと、店内のロビーは既に一部調度品が壊れており、その下に黒いスーツを来た店の男が昏倒していた。


「ゆりっ!いるのか!?」


 アラスターが店内に響き渡る声で名前を呼び、店内をぐるりと見回すと。



「勇者ナオト……?」



 アラスターの横に立ったレインウェルは思わずその名を呟いた。


 マホガニー製の豪奢なデザインの中央階段――その中程に、赤銅色の髪の猫獣人、ナオトが立っていた。

 ナオトの腕の中には黒髪の女性が、白い布地に包まれ抱かれている。


 ああ。あれが我が上司の眠り姫か。

 そうレインウェルが認識すると、その横からアラスターが一歩前へ進み出る。


「貴様――」


 何処に行っていた、と言おうとした。

 あれだけ自分のものだと全身で主張しておきながら、まだこの世界に来て日が浅いというゆりを放っておいて、不安にさせた挙げ句危険に晒して、今更――



 その時、アラスターはナオトの腕の中のゆりが苦しげに肩で息をしていることに気付いた。そして、上下するその白い首筋に、情事の名残にしか見えない幾つもの赤い痣があるのを。




 ウォォォォォオオオオオオオオオン!!!!




 次の瞬間、館中にビリビリと空気が震えるような獣の咆哮が響き渡ったかと思うと、アラスターが巨大な狼に変貌してナオトに襲いかかった。



「はあっ!?!? ちょ、ちょっとタンマ!!」


 

 情けない声を出しながらもナオトはゆりを抱いたまま後ろ向きに飛び退く。

「原初の獣」となったアラスターが、勢いを殺すことなく容赦なく追撃するのを見て取って、ナオトは慌ててゆりを踊り場に下ろすとそのまま手摺に飛び乗り、二階部分に跳躍して逃げ回った。


 グルルルルァァアアアッ!!

「まじタンマ!」

 ベキベキベキガシャンッ!!

「オレは何もしてないって!」

 ガォォオオオオオオオオン!

「ちょっ、匂い! 匂いでわかるだろ!! ゆりの()()()()()っっ!!」


 ピタッ


 ナオトがハッキリとそこまで言って、狼の動きが止まった。

 そう。並外れた嗅覚を持つ神獣人の二人にはわかるのだ。()()()()()が。


「は~……」


 ようやく肩をなでおろしたナオトは、急いでゆりを抱え直しつつ、首筋の跡を付けたのは自分だということは絶対に黙っておこうと思った。


 いつの間にかエメが後方から音もなく駆け寄り、ゆりの額に触れている。


「ユリ、何か、薬、盛られた」

「あー……。多分、ネコロリソウじゃね? この店で焚かれてる香にもネコロリソウが入ってると思う」

「!」


 レインウェル達は驚いた。


  ここ数ヶ月、違法薬物であるネコロリソウ――主に猫族に深い酩酊と陶酔をもたらす麻薬――が街に持ち込まれているらしいという情報があり、捜査中だったからだ。


「おかしいと思ったんだよ。オレが娼婦を五人十人抱いたぐらいでアタマイカれるわけねーって」


 ここ半月、いくらナオトの根底にゆりを求める気持ちがあったとはいえ、女を抱き潰して正体を失う様は確かに異常であった。

 つまり、いつからか――或いは最初から――この館と娼婦達にはネコロリソウが使われていたのだ。恐らく、初めはナオトに気付かれない程ごく少量から。



「そーいうワケだから、ゆりを神殿に連れていく。後始末はヨロシク」


 そう言ってナオトがゆりを抱いたままその場を去ろうとすると。


「……待て」


 いつの間にか元の姿に戻っていたアラスターが声をかけた。その言葉にナオトが振り返る。……尋常じゃない程の殺気を纏わせながら。


「は? まさか、まだ引き留めるの?」


 その絶対零度の眼差しにレインウェルの背筋は凍った。アラスターは落ち着いた様子で立ち上がると、その視線を正面から受け止めながら言った。


「いや、ゆりには神官の治療が必要だ。連れていってくれ。……ただ、後日事情聴取には応じろ。日については改めて使者を出す」


「ふーん」


 興味なさそうに殺気を霧散させると、ナオトは再び背を向けた。


「気が向いたら、ね」



 ぺこり、と軽く一礼したエメがそれに続いた。

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