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第二十三話 ゆり、ゆり、ゆり、ゆり

新連載「悪役令嬢は司法浪人生~弾劾裁判で華麗なるざまぁ~」始めました。(←本日二話更新予定)


ややR15

 すぐにわかった。

 ゆりが今、すぐ近くにいること。

 街に来てるって。

 だって、いい匂いがするから。



 神獣人ゆえ、他の誰とも違う特別なゆりの匂いであれば、かなり遠くからでも嗅ぎ分けることのできる鼻を持つナオト。

 ゆりの匂いが、今日はやけに近い。恐らく街に買い出しにでも来ているのだろう。


 鼻の奥の本能をくすぐるゆりの匂いを、風の中に感じながら微睡んでいたナオトはしばらくしてふと、ある違和感に目が覚めた。


 ゆりの匂いが消えた。

 と、思った次の瞬間。



 ぶわっ。



 もの凄い質量を持って、辺り一面にゆりの匂いが立ち上った。

 本能が抗えない何かが確かにそこまで迫って来て、ナオトの背中がぞわりと粟立ち、額には脂汗が滲む。


「ヤバい、なんだコレ……。ゆりに何かあった……?!」


 ナオトは寝転がっていた民家の屋根の上から転げ落ちるように駆け出した。


 そのまま屋根づたいに一軒、二軒、とものすごいスピードで飛び越えて渡り、石造りの建物の上を走り抜け、とある路地の中に滑り込むと猥雑な通りを突っ切るように駆け抜け、迷うことなく匂いの元へと走り着く。



「ここだ……」


 ここ半月程、入り浸りすっかり常連になっていた二階建ての豪華絢爛な娼館だった。

 嫌な予感がする。背中を冷たい汗が伝い、鼓動は早鐘のようにけたたましく鳴り始めた。

 乱暴にドアを蹴り上げ中に踏み入った瞬間。


 ぞわっ


 間違いない。ゆりの切なく、全身を焦がすような香りが、館全体を取り巻いてナオトの身体に纏わりついた。カラカラに喉が乾き、脳が思考を止めそうになってぼんやりする。


「勇者様、これはこれは」「ゆりはどこにいる?!」

「? 新しい娘なら二階におりま……ごぶぉっっ!!?」


 揉み手をしながら近付いて来た黒服を反射的に裏の拳で打ちつけると、男は勢い良く横へ吹っ飛び調度品に叩きつけられた。

 そのまま天鵞絨の敷かれたマホガニー製の正面階段をものすごいスピードで二段飛ばしで駆け上がる。


「ゆり……!」


 ここじゃない。ここでもない。並んだ個室の扉を乱暴に開け放ち、三番の扉に手をかけて勢い良く開くと。



 そこにはゆりがいた。



 薄絹の天蓋の向こう、黒い髪を乱して豪華な寝台に転がったゆりは、倒れ伏したまま荒い息を繰り返していた。


「ゆり……っ!」



 慌てて天蓋をめくり寝台に飛び乗れば、あられもない姿が目に飛び込んできた。


 殆ど用を為さない薄い夜着を一枚だけ纏わされたゆりは、力なく呻いて身体を動かそうとする。その度に白い肢体が扇情的に見え隠れし、桜色に上気した薄い爪先から太腿までがしどけなく曝されて、白い胸元には黒髪が汗ばんで貼り付き、苦しそうに上下している。


 そして何より。ゆりの命が気化し、汗となって全身から立ち上ぼって爆発的に増え、部屋を覆いつくし、ナオトの奥に眠る獣の本能を痛いくらい刺激する。


 何か薬を盛られているのだろう。苦しそうなゆりは、頬を赤くして、潤んだ瞳でぼんやりとこちらを見た。



「ナオ……ト……?」



 その瞬間、ナオトの理性がぷつりと音を立てて決壊した。



「ゆり、ゆり、ゆり、ゆり!」


 脇目も振らず、掻き抱いて首筋にかぶり付いた。何度も焦がれて、夢に見て、幾夜も思い浮かべて代わりを抱いたその全てが、今なら、本当に手に入る!

 興奮に全てを明け渡しそうになったナオトの燃える赤銅色の髪に、やさしく何かが触れる。


 ゆりの手だった。



「よかった……。ナオト……見つけた……」




 “なおとくんみーつけた!”




 ゆりの目からぽろり、と一粒涙が零れる。

 それを見て、はっとしたナオトの内を支配していた何かがすーっと引いていく。


「ゆり……ゆり…………。くそぉぉぉおおおおおおおおおお!!」


 ガシャンッ!!


 ナオトは枕元に飾ってあった硝子の飾り瓶を力任せに叩き割った。

 起き上がって背を向けると、両手で乱暴に赤銅色の髪を掻き毟る。硝子を割って傷付いた右手が徐々にズキズキと痛み始めると、ベールのように霞がかっていた思考が、だんだんとクリアになってゆく。



 はー……。

 ナオトは息を吐いてゆりに向き直ると、少しはにかんだ表情で笑った。


「ゆり、久しぶり。……オレに会えなくて、寂しかった?」


 ゆりが上の空でコクコクと頷くと、ナオトは寝台からシーツを引き剥がし、ゆりを包んだ。


「……オレも。 戻ろっか。早く神官じいさん達に治療してもらわないと」



 そっか。オレは、寂しかったんだ。



 たったそれだけのことすら、口に出さないとわからないほど孤独に慣れきっていたナオトは、白いシーツにくるまれたゆりをやさしく抱き締めた。

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