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第十二話 違法薬物を積んだ馬車

 マニフの提供してくれたゆり一人だけの女性用テントのお陰で、久しぶりにナオトの抱きまくらの役を解かれ、ゆっくり眠れるはずだったのだが――



 あまりに衝撃的なファーストキスのせいで、ゆりは深夜になっても悶々としていた。



 そう、矢仲ゆり、22歳。間違いなくファーストキスだった。


 思い返せば、世間体に拘る母親の強い意向で中学受験をすることになり、六年間子供らしい遊びもなく習い事と塾で勉強漬け。女子としては最難関と言われる中高一貫校のS女学院に合格し、これでやっと解放されるかと思えば、今度は大学受験だと追い立てられ、模試では毎回全国百位以内をノルマとさせられ、順位が落ちれば母親にヒステリックに罵られて――。



 お祖母ちゃんがいなかったら、遺してくれた言葉や心がなかったら、とっくに潰れてた。――色々あって、母親に反発するように受験勉強を投げ出して短大に入ったけど。



 はっきり言って、恋愛なんてしている暇も余裕もなかった。ついでに、就職先の幼稚園で独身男性に接する機会はほぼゼロだ。

 ゆりは、自身の恋愛偏差値の低さに愕然として、ため息しか出なかった。




 翌朝、ナオトとどう接するべきか決めあぐねていたゆりだったが、当の本人がいつも通り「ゆり~」と名前を呼び、後ろをついて回ってはフガフガと頭の匂いを嗅ぎ始めたので、とりあえず、一旦この件は忘れることにした。

 あと、また何かされても困るので、人前で抱き枕にされてもあまり抵抗しないようにしよう、と心に決めたのだった。



 ――大丈夫。この人は巨大な猫で、小さな子供で、私の匂いを気に入っていて、女好きで、今たまたま周りに私しかいないから構ってくるだけなのだ。


 そう自分を納得させたのだが、何故か心が少し痛んだ。




 その日の昼過ぎ、一行はモルリッツの街の西側にある検問所で順番待ちをしていた。


 本当は勇者ナオトの名前を出せば最優先、顔パスで通行できるらしいのだが、

「迎えとか仰々しくなってかえってめんどくさいからやだ。」

と本人が馬車にだらしなく寝転がったまま言ったため、正規の手順で順番を待っていた。

 

動きがなく、ゆりがいつの間にか隣のエメに寄りかかってうつらうつらし始めた頃、俄に外が騒がしくなった。

 バタバタバタバタバタ、と複数の何かが駆けてくる音、馬の嘶きやガチャガチャとした金属の音が聞こえてきて、周囲のざわつきと共に緊張感のある男の声が聞こえた。



「違法薬物を積んだ馬車はこれか!?」



 びっくりして、マニフが馬車を飛び出していく。

 ゆりは眠たい目を擦りながら、何か事件かな?と考えていたが、次第に騒ぎが大きくなる気配がしてくると、段々怖くなってきた。

 どうやら、警察のような街の治安組織がマニフの商隊の積み荷に違法なものが乗っていると主張しているらしい。


「だ、大丈夫かな……?」

「さあ……関係、ない」


 馬車に乗ってから初めてエメが喋ったのを見て、ゆりは益々これが異常事態に感じられた。頼みの綱の、名声、知名度抜群なはずの勇者様は相変わらず不貞寝している。



「ここだ! 間違いない! 匂いがする!」


 ドカッという衝撃音と共に、ゆり達が乗る馬車が揺れた。


「この狼族のアラスター・ウォレム・アーチボルトの鼻を誤魔化せると思うな!」


 ダンダンダンッ、ばさっ!

 物凄い勢いで後方の天幕が開き、黒の鎧を着た黒髪、騎士風の出で立ちの男が乱暴に乗り込んできた。


「クッ、この甘くて()()()()()()()()()は……新手のモノか!?」


 そう言って外套で鼻を覆う男と、ゆりの視線が交差した。

男の頭には、ナオトに似た――でも少し違う――犬科の獣のものとおぼしき耳が付いていた。


 男の切れ長の美しい目が次第に驚きで見開かれてゆく。


「――――!」


 しばらく衝撃の表情でゆりを見ていた男は、端整な顔を歪ませると切なげな息をして両膝から崩れ落ち――


 その逞しい身体を支えるようにゆりの肩を掴んでいた。

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