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プロローグ

よろしくお願いします。

 都心に程近い文教地区にある、緑に囲まれた幼稚園。矢仲ゆりは、向日葵の植えられた花壇と園舎の間にある細い道を、きょろきょろと歩いていた。



「なおとくーん? どこにいるのー?」



 ジリジリジリジリジリジリジリジリ


 長い梅雨が一週間程前にようやく終わったと思った途端、肌を焼くような暑さが全国を被っていた。

 珠と浮かぶ汗を軽く拭い、花壇を抜け裏庭に出ると、その一番奥に樹齢百年を越える大きな欅の木が鎮座するのが目に入る。そしてその大樹の根元に、しゃがみこんでいる少年の姿を認めた。


「なおとくん!」


 やっと見つけた目的の少年の元へ駆け寄ると、その前に膝をつき、にっこり笑って顔を覗きこむ。


「なおとくんみーつけた!」


「ゆりせんせい……」


 大樹が広げた見事な枝葉が夏の日差しから大きな影を作り、ゆりはその涼しさと安心感にふう、と息をついた。


「もうすぐお弁当の時間だよ? 暑いからお部屋に戻ろ?」


 なるべく穏やかな声色で話しかけたつもりだったが、少年はぷい、と顔を背けて「やだ」とだけ答えた。

 優しいけれど不器用で、人の輪に加わることが苦手なこの少年が駄々をこねる理由は、大方察しがついていた。ゆりはあえて尋ねずに「そっか」とつぶやくと、少年の頭にそっと片手を置いた。


「せんせいね、ここに来る途中、お庭のひまわりがひとつだけ咲いているの見つけちゃった」

「……ほんと?」


 花壇から軒を争うように伸びた向日葵達は、ゆりが初めて担任するクラス、ひまわり組の皆で毎日水を遣り世話したものだった。


「うん。せんせい、一番に見つけたから、とくべつになおとくんにどこにあるか教えてあげる。お部屋に戻ったら、なおとくんがけんたくん達にも教えてあげてくれる?」

「……う、うん」


 少年は、不意に出たクラスメイトの名前にぴくりと身体を震わせたが、ゆりが内緒話をするようなしぐさで人差し指を立てて微笑むと、やがて小さく頷いた。その姿をしばらく観察したゆりがよし、と少年の小さな手を繋いで立ち上がると、それに続いた少年は、土を払いつつ少し不安そうな顔でゆりを見上げる。


「けんたくん、今日もなおとくんとお弁当のおかず交換するって言ってたよ!」

「!」

「急いで戻らないとね。かけあしで行こっか」

「うん!」


 それまでの曇り顔が嘘のようにぱあっと明るい笑顔を取り戻すと、少年はゆりの手をほどき教室へと駆け出した。

 良かった、と微笑ましくその背中を見つめていると、園舎の角まで駆けていった少年が振り返り、ゆりを呼ぶ。



「せんせい! ぼくのこと、みつけてくれてありがとう!」



 ぼくのこと、みつけてくれてありがとう。

 オレの事、見つけてくれてありがとう。



「……あ、れ……?」


 唐突に景色がぐにゃり、と歪み、ゆりがたたらを踏む。蝉の大合唱が一段と音量を増して脳まで響き、太陽の光と熱が膨張して辺りを塗り潰す。


 ジリジリジリジリジリジリジリジリジリジリジリジリジリジリ


 あまりの眩しさに目を開けられない。瞼の裏にぎらぎらとした黄金色の輝きが焼き付き、やがて思考をも埋め尽くして……



 ()()()()()()()()、ゆりは崩れ落ち、意識を失った。




 ――――そして彼女の身体は、人生は、彼女に関わる人々の記憶と共にこの世界から零れ落ちた。


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