知らないことは忘れたってことでFAだわぁ
休みの日に少しずつ書かせてもらっているので不定期にノロノロと進ませていただいております。
お暇つぶしになれば幸いです。
「ねぇ、ジェサーシア。やっぱり私ほとんど何も思い出せないわ…
だから、私の眠りにつく前のことを色々教えてほしいのだけれど…」
「はい、このジェサーシア、姫様がこの世に生を受けられたその日から、一日たりとも傍を離れたことなどございませんから、なんなりとご質問ください」
深々と礼をしながら、ジェサーシアは答える。
いや、その状況は色々と問題だろうよ…。
「まず、メイドの勤務を8時間の三交代制にしましょう」
「なんと!!!どうか、どうか御慈悲を!!!」
すがってくるジェサーシアを力の限り引き剥がそうともがくがジェサーシアはその細い腕のどこにそんな力があるのかと言わんばかりにガッチリと私の腰にホールドを決めいている。
「まずはこの国に労働基準法を施行させることが私の第一任務だわ!!
大体一日24時間の三分の一もの時間を私と過ごせって言ってるのよ、十分じゃない!?」
「足りません!!姫様のお傍を離れるのはそれぞれ生理現象を処理するときだけで十分でございます!!!睡眠も一日1時間を4回、私達5人交代でとっておりますから問題ございません!!」
「問題大アリだわ!!却下 !!一日せめて連続で6時間は寝なさい!!コレは絶対命令よ!!」
私が指さしながら言えば、メイド五人が揃ってその場に両手両膝をつく。
「そんな…姫様…眠りにつかれる前はむしろすべての時間を私のために費やせとおっしゃったのに…」
「そんな命令殴ってでも止めろ!!」
「アナスタシア様もご愛用されてらっしゃる、この24時間タタカエルンデスドリンクがあれば私、休養などいらないというのに…」
「まずそのドリンクを今すぐ捨ててこい!!」
「ならばこの滋養と強壮エキスたっぷり10秒チャージゼリーだけは!!」
「ゼリーと栄養ドリンクだけで生活など断固認めない!!」
「ご無体な!!」
「とにかく!!全却下だわ!!」
ぜぇはぁと息を切らしながらメイド五人の要求をすべてかなぐり捨てる。
「私達にこれから何を食せというのですか…」
「普通の食事と睡眠を取れと言っているのよ!!」
力なくうなだれる五人は「コレが私達の普通です」などと言ってくるので、それもすべて取り下げさせる。
「第一、そんな無茶な要求してこられて反対意見とか出てこなかったの…?」
キリキリと痛む頭のこめかみを押しながら聞けば、
「いえ、最初は辛いこともございましたが、他人に無体を強いながら様々な底意地の悪い行いをなさる姫様が、そのたびに自爆なさるのを見ているとだんだん観察が面白くなってまいりまして」
「次はどのような墓穴を掘られるのか一分一秒見逃せないと、ついつい…」
「主人の恥を生きる楽しみにするんじゃない!!」
「それが姫様の魅力と思えば…」
「あんたたちの忠誠心は一体どこを向いているの…?」
段々と、怒りが悲しみと切なさに変わりはじめて思いっきり深い溜め息になった。
「まぁ、とりあえず追々には交代制を導入しましょう。
えぇっと、今の皇帝はアナスタシアお祖母様なのよね」
「左様でございます」
先程の茶番(?)から瞬時に立ち直り、居住まいを正したメイドたちは頷く。
「ならば次の皇帝は私ではなくて、私のお母様にはならないの?」
「アナスタシア様には先程いらっしゃったガイル殿下しかお生まれにならず、姫様のご母堂様であられるソフィーヌ様は元々が皇家の方ではございません。
ですので、皇位継承権をお持ちではないのです。」
「そうなの…お母様は今どちらにいらっしゃるの?」
「女児出産という大義を果たされたソフィーヌ様は…姫様がお生まれになられてすぐに…」
「まさか、出産のために命を…?」
応えながら目を伏せるジェサーシアに、私は不安を口にする。
「いえ、無事に女児をお授けになられた大義の報奨として元々所属されておられた帝国魔法兵団内にて4階級特進なされて、現在は北の国境最前線の守衛任務に隊長として任務に精を出しておられます」
そのまま何事もない、といった顔で答えたジェサーシアにガクッとその場でコケてしまい、ため息をつく。
おい、今何のために目を伏せた?
「産後すぐに職場復帰したのね…ちなみに、お父様は何をなされているの…?」
「ガイル殿下は元々から帝国騎士団におられますから、現在は騎士団長としてこの帝都を守衛しておられます」
「じゃあお兄様も騎士団に?」
「左様でございます」
なるほど、良かった、あの熊ニートとかヒモでは無いのね…。
「そんなにしっかりお仕事をされる家族に囲まれていて、なぜ私はその、ワガママを言うようになったのかしら…」
あれか、かまってもらえない反動をワガママにしちゃった系寂しがりや女子なのか?
独り言のように言えば
「姫様が3の年についた家庭教師が、皇帝至上主義を姫様に植え付け、ワガママを言っても許される唯一の存在だと拐かし、その理不尽さも魅力だとお教えになったからです」
「なぜそんな主義の偏った人を家庭教師にしたの!?」
「彼も最初は普通というか、そこまでひどいとは思わなかったのですが、ある日突然「金髪幼女からの暴言、ご褒美です」って言うようになってしまい…」
「変態じゃない!!」
「えぇ、紛うこと無く」
「そんな兆候が出始めた時点で解雇しろ!!」
「…素養は大変優秀でございましたから…」
「優秀でも人格に問題あったら意味ないでしょう!?下手したら次の皇帝が完全に暴君になってたじゃない!!」
「そこは問題ございません」
ゆっくりと、しかし確固たる自信があると頷くメイドたち。
「姫様が皇帝になられる前にアナスタシア様から直接教育が入るでしょうから、人格修正など些細なことでございます」
「そもそも人格修正が必要な時点でおかしいでしょうが!!」
「ですが、姫様は生まれ持った魔力が大変お強い方ですから、その姫様についていける人物は限られておりますし…」
「じゃあせめて実技と座学は講師を分けて…」
「…彼以上に実技も座学も素晴らしい方はいらっしゃらなかったのです。ですので若干の問題など目を瞑ることにしたのです」
「若干の部分が一番大切な部分でしょ!!?」
そこは目を瞑っちゃダメなところ!!
「もう、姫様、ワガママはお控えになってくださいませ」
「むしろこのワガママこそ押し通させろ!!」
ぎゃあぎゃあと喚く声の隙間を縫うように、静かに来客を告げるノック音がした。
メイドの一人が静かに扉に近づくと、相手を確認し一つ二つと話を交わし小さく頷き戻ってきて告げる。
「晩餐の準備が整いましてございます」
さぁ、まずは開幕戦だわ、と意気込む私にメイドたちが首を傾げる。
「晩餐にそんなにも気を張り詰めなくても大丈夫でございますよ?」
「違うわよ、お父様もお兄様も、結局どんな人かわからないけれど、あなた達のトンデモブラック発言を聞いていて、まず皇室改革が必要と思ったのよ」
言えば、ジェサーシアは「そんな、必要ございませんよ」目を瞬いた。
「ガイル殿下もフィリクス殿下も頭の中は姫様への愛しか詰まっておりませんから」
と。
あ、これ、あかんやつや。
私は即座に思った。
エフィレーディアがワガママ姫になったのは、家庭教師のせいだけではない。
絶対家族の方にも少なく見積もって四割は原因があるやつだ。
「とにかく!環境の改革は意識の改革から!!お父様とお兄様を見極めるわ!!」
熱意に燃える私にジェサーシアは冷めたような困ったような顔をする。
「見極めるも何も、本当にそれ以外無いんですけどねぇ…」
まぁ、行けばわかりますと、背中にやれやれという言葉を背負ったように促してくるジェサーシアを見ながら、私は父と兄に対する従者からの扱いを見たような気がして自信喪失していくのであった。